熟女の繰言

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    [ --年--月--日 ] カテゴリ:スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

    「鳩子の海」の隣の海でのステキな出会い


    柳井の近くにある上関を舞台に繰り広げられた「鳩子の海」というドラマを、私自身リアルタイムで見たわけではありませんが、1974~75年の平均視聴率は47.2%、最高視聴率は53.3 %などという数字は、ただ事ではないと思います。ストーリーや俳優に加えて、山口の海の美しさが、人々の心を捉えたのかもしれません。

    昨年のクリスマスの頃に訪ねた室積は、そこからほど近い場所です。江戸時代の地図から分かるとおり、ちょうど豊後水道を抜けて、太平洋の水平線が見える位置なのです。瀬戸内海でありながら、はるか彼方のどこにも島影がない海があるとは・・・

    普賢寺の近くの波止あたりから「みたらい公園」の方を眺めたとき、とても奇妙な建物が目に止まりました。まるで宇宙人の家のような形です。興味深かったので、近付いてみると、どうやら民家のようです。日当たりの良いサンルームで、ご夫婦がくつろいでおられました。自宅兼別荘とも言える、素敵なお宅です。

    思い切って玄関をノックすると、気持ちよく迎えてくださいました。大阪でステンレスの会社を定年退職された後、故郷に帰ってこの家を建てられたのだそうです。豆からひいて入れてくださったコーヒーは、コクがありながらもまろやかでとてもおいしく、感激しました。竹炭をご自分で作っておられる方で、親戚へのお土産にたくさん分けていただきました。雑誌などで取り上げられたこともあるそうですが、本当に気さくな、温かい方々でした。





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    [ 2015年02月13日 ] カテゴリ:旅行 | TB(0) | CM(-)

    ~ 光市室積めぐり ~


    江戸時代元禄の頃、室積港は諸国廻船の出入りでにぎわっていたそうです。

    《みたらい燈籠堂》は、我が国では二十四番目に設置された燈台ですが、山口県内では最古のものです。

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    《海商通り》は、格子作りの家が並び、北前船の寄港地として栄えた当時の面影を残しています。

    《ささ乃や》は、大正初期に建てられた民家を改装した趣のあるお食事処で、伝統工芸品も販売しています。

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    《ふるさと郷土館》では、手作りの「さげもん展」が行われていました。廻船に関する資料や醤油製造の道具なども展示されており、江戸時代から明治にかけての人々の生活や文化が紹介されています。

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    その近所にある《磯部本家旧宅》は、立派な邸宅でした。昔は、家のすぐそばまで船が来て、荷揚げがされていたのだそうです。当時の活気や繁栄が伝わってくるような気がしました。けれども、昨今は建物の維持管理が大変だとも伺いました。


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    [ 2015年02月11日 ] カテゴリ:旅行 | TB(0) | CM(-)

    (安倍首相と系譜でつながる)松岡洋右氏の記念碑を発見!



    ★系図でみる近現代 安倍晋三 家系図★

    http://episode.kingendaikeizu.net/7.htm


    山口県光市室積を訪れた時、普賢寺の一角に、松岡洋右氏の記念碑を発見して、驚きました。そしてそこに刻まれていたのは、まさに今日この頃、大河ドラマ「花燃ゆ」を通して日本中に浸透しつつある「至誠にして動かざる者未だ之有らざるなり」という言葉でした。

    石に彫られた経歴も示されていました。なんと、13歳の時アメリカに渡って苦学し、21歳でオレゴン州大学を首席で卒業し、24歳で外交官及び領事官試験に合格して外務省に入っています。

    さらに、驚くべきことを最近知りました。松岡洋右氏と安倍首相は、系譜でつながっているんですね。
    [ 2015年02月10日 ] カテゴリ:旅行 | TB(0) | CM(-)

    伊藤博文公のふるさと ~ 山口県光市めぐり ~


    《 旧伊藤博文邸 》

    博文が68歳の時、祖先が亡くなって300年の記念の会を開くために、自らが設計して立てたものです。しかしながら、完成目前の明治42年10月、彼はハルビン駅で狙撃され、故郷に戻ることなく生涯を終えました。

    この建物は、外観も、部屋の内装も、日本的なものと西洋的なものが調和するよう工夫されています。


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    《 伊藤博文銅像 》

    建物の窓から、伊藤博文銅像が見えます(2つ上の写真)。これは、博文が見たかったはずの旧邸を、末永く見守ってもらうために、平成16年3月に建立されたものです。

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    《 伊藤博文公の生家 》

    茅葺きの生家は、平成3年に現在の位置に復元され、産湯に使ったとされる井戸とともに、保存されています。

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    《 伊藤公資料館 》   (一番上の写真左側)

    レンガ造りのモダンな外観です。家具や衣類などの遺品と共に、能筆家であったことを偲ばせる漢詩などの書道作品や手紙も展示されています。なぜか安倍現首相の書道作品も一点、展示されていました。

    中でも印象的だったのは、シアターホールでの「望郷」をテーマにした映像です。最後となった中国視察の旅に出発する時点から始まり、凶弾に倒れる時までを辿る、車中の移動時間の合間に、彼の生い立ちから立身出世の道程を織り込んだ、感動的な映像でした。

    それに付加された、韓国皇太子を日本に迎えた際の海辺でのドキュメント映像は、韓国人に是非見てほしいものでした。そうそうたる立派な出で立ちの大人達が十数名同行し、幼い皇太子と一緒になって、打ち寄せる波と戯れる、のどかな情景です。



    ★ 伊藤博文公についての記事は、

    伊藤博文公のふるさと ~ 光市めぐり ~ の後に

    http://ryokuhu77.blog.fc2.com/blog-entry-29.html

    をお読みください。



    [ 2015年01月24日 ] カテゴリ:旅行 | TB(0) | CM(-)

    マッサンのふるさと ~~~ 竹原めぐり ~~~


    昨年の秋、広島県の竹原を訪れた時の写真です。


    《 マッサンのモデル 竹鶴正孝さんの実家 》

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    左端のポスターに注目!


    《 竹原市歴史民俗資料館 》

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    《 エデンの海 》 

    広島県竹原市に ある、忠海高校。ここで教鞭を執った経験をもとに 広島市出身の作家 若杉慧(わかすぎ けい)さんが執筆した小説 『エデンの海』は、3度にわたって映画化されました。

    忠海高校は、ニッカウヰスキー創業者 竹鶴正孝氏、元内閣総理大臣 池田勇人氏、日本画家 平山郁夫氏、脚本家 高橋玄洋氏 など多くの著名人を輩出しました。

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    [ 2015年01月13日 ] カテゴリ:旅行 | TB(0) | CM(-)
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