熟女の繰言

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    [ --年--月--日 ] カテゴリ:スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

    「自主防衛力」の欠如が「経済成長」を妨げている


    「強い日本」という目標を高々と掲げながらも、安倍首相は、成長戦略と密接な関係にある、「自主防衛」については後回しにしています。いえ、提示すらしていません。まずは、万人が納得するであろう無難な「三本の矢」で攻めようという気持ちはよく分かりますが、それらは極端な言い方をすれば、砂上の楼閣なのです。

    外交の基軸に「日米同盟」を置くと言うことで、百万力を得たかのような発言を首相は繰りかえしています。「日米安保体制」による「抑止力」を高めるために、「我が国は更なる役割を果たす」と国民に宣言しています。(安倍首相「施政方針演説」)

    ところが、それは日本からの片思いであることは明らかで、北朝鮮有事においても尖閣・沖縄をめぐる対中軍事問題においても、実のところ、アメリカが全面的に日本の味方をする見通しは、全く立ちません。


    既にアメリカは、中国が核武装した途端、軸足を日本から中国に移しているのです。

    「1971年のキッシンジャーと周恩来の秘密会見での合意点は、『アジアにおいて、台湾の独立は許さない、日本の軍事的自立、核武装は押さえ込む、朝鮮半島における南北の軍事的衝突は極力回避する』でした。アメリカと中国が和解に進んだ瞬間から、冷戦時代に締結された軍事的取り決めが、ある種の障害となっているのです。」(青木直人氏)

    そのことをいつまでも直視せず、「日米安保体制」下での役割を果たすということは、すなわち米中に骨の髄までしゃぶり尽くしていただきます、と言っていることに等しいのです。

    なぜなら、アメリカ国債を一番たくさん買っているのは中国ですから、アメリカが中国を押さえ込むということは有り得ないのです。一方中国は、国土拡大に向けて飽くなき野望をもって、国境周辺を食い荒らしています。あの「世界一幸せな国」と言われるブータンでさえ、侵略を受け始めていると聞きます。

    また、中国は、日本に関してはあまりの無防備さにつけ込んで、あちらこちらの林や港を買い占めて回っています。日本列島の内側から、虫食いのように中国の領土が広がっていっているのです。早急に総力を挙げて、何としても阻止せねばなりません。


    なぜ、日本は自主防衛をしないのでしょうか。これまで米軍に対してどれだけの防衛予算を提供してきたかを考えてみてください。こういった状態を未来永劫続けるつもりなのでしょうか。

    しかも「TPPで、アメリカが日本に最も期待しているのは、武器輸出だ」ということです。(馬渕睦夫氏 談 討論「反日の米中連携」その実態と行方 【桜H25/4/27】)
    「これまでもアメリカは、高価なMDシステム(ミサイル防衛システム)を日本に押しつけてきました。しかし、中国や北朝鮮は安価な巡航核ミサイルを数発同時に発射するだけで、いつでもMDシステムを迂回することができるのです。」(伊藤貫氏)
    このような手口で、アメリカは実際には、それほど役に立たない武器を、目の玉が飛び出るほどの高値で売りつけてくるかもしれません。


    「日本にとって必要な『ミニマム・ディテランス(必要最小限の自主的な核抑止力)』は潜水艦に搭載しておく200基程度の巡航核ミサイルだけです。そのために必要な費用は、毎年のGDPの0.1%か0.2%程度で、しかも抜群の戦争抑止力があるのです。」(伊藤貫氏)

    通常兵器だと、いくら強力なものを備えても下手をすれば本当に戦争が始まるかもしれません。
    しかも相手は核兵器を持っているのです。最終的にはどうしたって勝ち目がないではありませんか。3度目の悲惨極まりない被爆をした上で、敗北するつもりなのでしょうか。今度こそ、日本は完全に消滅します。

    かつて毛沢東主席はフルシチョフとの会談で、中国の核兵器開発に難色を示された場面で「中国には人口が6億いるから、仮に核によって半数死んでもいい、資本主義を完全に打ち倒せる。」とまで言ったのだそうです。(平松茂雄氏)
    何万、何千万どころか、何億人死んででも(しかも自国民が)、国益(私利私欲)を守ろうとする輩が同じ地球上に、存在するのです。



    日本国民、日本の政治家は、「あさきゆめみじ、ゑひもせず(浅はかな夢見心地、酔い心地でなく、人生の険しい道のりをしっかり見定めて生きよう)」という言葉を、今こそ真摯に受け止めなければなりません。
    私たちの古人が残した、日本人なら誰もがよく知っている、この言葉を。


    「日本が核保有国になれば、周辺国も無礼をはたらかなくなるはずです。おまけに、核武装すれば経済の安全保障にもなりますから、日本の株価が上がることでしょう。これは成長戦略に入れないといけませんね。欧米の優良企業やユダヤ資本がたくさん入ってくることは、私が請け合います。」(日下公人氏)

    仮定の話も傾聴に値すると思いますが、現状における、見過ごしてはならない重要なポイントをもう一つ取り上げたいと思います。アメリカの「年次改革要望書」については関岡英之氏が、最初に公表していますが、たとえば、NTTの分割、郵政民営化、労働者の派遣案を通すこと、建築基準を変更すること、談合の摘発等、すべて最終的にはアメリカが儲けるための要望に、日本がしゃかりきに努力して応えている、というものです。

    その中でもう一つ、日本経済を内側から壊す政策が、アメリカの圧力によって行われている事を知りました。小泉政権下ではGDPが減ったにもかかわらず、株式配当だけは総額4倍になっているというのです。今までは従業員に配られ、地域社会のために使われたお金が、みな株主に行ってしまっているというのです。まさに格差の拡大です。

    「これもまた、アメリカの要求です。株主配当を増やせとか、社外取締役制度をつくれといった要求は、アメリカにいながら日本の会社の重役になって金儲けができるというシステムなのです。」(田母神俊雄氏)

    これまでは企業の内部留保というところにばかり目を向け、どうしてもっと賃金を増やさないのかと思い続けてきたのですが、陰にこのような要因があったとは、と驚くと同時に、日本よ、自立せよ、さもなくば明るい未来など有り得ない!!との思いを更に強めています。


    〈参考文献〉

    『どっちがおっかない!?中国とアメリカ』 田母神俊雄・青木直人 共著 幻冬舎
    『日本核武装入門』 平松茂雄 著 飛鳥新社
    自主防衛を急げ』 日下公人・伊藤貫 共著 李白社  

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    [ 2013年04月30日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    世界を驚かす日本のイニシアティブを!

    中川昭一氏が、「わが国には“非核五原則”がある」と嘆かれたそうです。「つくらず」「持たず」「持ち込ませず」に加えて「発言させず」「考えさせず」・・・なるほど、日本人は、核を意識から遠ざけようとしてきたのですね。現実から、目を背けて生きてきたといってもよいでしょう。

    講話をインターネット上で視聴していても、「核」の話題に触れる際には、なるべく距離を置こうとされる方々が結構いらっしゃいます。

    たとえば、中国事情に詳しいある方が、他者に向けては「平和大好きのおバカな人たちが」などと言われつつも、自身に向けては「かといって核武装論者と思われたら困りますが」と保身とも思える発言をされました。また、経済や歴史に詳しいある方も、お話の中で「核武装についてどう考えているかとよく聞かれますが、それ以上に優先的な問題があるわけで」とか「核武装というイデオロギーの問題には触れたくありませんが」とかのフレーズが出てきて、はぐらかされた気持ちになったこともあります。

    核保有は「有事」に備えるためだけのものだと思っている人々が、有識者の中にもまだいらっしゃるのではないでしょうか。戦争なんて、そうそう起きるものではないし、当面あんな物騒なものとは関わらないでおきたいと思われるのでしょう。

    それでは、中国や北朝鮮は、一戦交えることが必然だとして、あのように自国の人民の多くの命を引き替えにしてまで、核兵器を作ったのでしょうか。技術的にも、経済的にも、いかに困難を極めていようとも、何としてでも核保有国となった目的は、何でしょうか。

    戦争で、大量虐殺することを望む国など、基本的にはありません。彼らが望んだのは、国としてのステータスをあげることです。驚異的なパワーを持つことによって、一人前の国として扱ってもらいたい、他国から、ものの数でもない国と侮られたくない、ただその気持ちから、核武装に踏み切ったのです。

    それに引き替え日本は、平和主義者という雲の上の仙人のような存在に自分を祭り上げ、平和憲法というこの世が既に信義に満ちた天国であるかのような言説にどっぷりとつかって戦後を過ごしてきました。技術的にも、経済的にも、さほど困難でないにもかかわらず、平和的利用とされる分野以外は、「核」とは関係を遠ざけてきました。

    その結果はどうでしょう。近隣諸国との関係を見れば、拉致被害者を救出することも叶わず、歴史論争とか、靖国論争とか、いつまでも過去に縛られています。伊藤貫氏のCIAアジア政策担当の友人は、こういった論争に対して「時間の浪費」と軽蔑的な発言をしたそうです。(著書『自主防衛を急げ』)根本的な原因は、日本が経済的に豊かであれどうであれ、他国から見くびられている、侮られている、弱者として扱われている、このことにあるのです。どんなに言葉を尽くしても、法の力を借りようとしても、おそらく日本に有利には、事は運ばないでしょう。

    また、TPP参加にしても、反対や懸念を振り切って、突き進もうとしていますが、「主導権を握って国益を守る」と言われても、戦後の対米外交のどこにそんな例がありましたか。どこを見ても見つからないような気がします。思い過ごしでしょうか。「例外」と平たく言えばいいものを「聖域」などとオカルトチックに人心をたぶらかしておいて、結局いいように譲歩につぐ譲歩とならなければよいのですが・・・。

    3月初旬、例外品目を躍起になって検討している政治家の方々の姿を見ながら、そんなことしてる場合ですか?「木を見て森を見ず」ではありませんか?どんなに威勢のいいことを言っても、安保に縛られている以上、また追随のしがらみに絡め取られますよ!と心配していた頃が思い出されます。

    「核武装」は「有事」のためというより、むしろ「平時」のために必要なのです。
    特に現に「核」に取り囲まれた日本にとって、バランスオブパワーの観点から、どうしようもないことなのです。それでも尻込みするなら、「奴隷の幸せ」などと自嘲できないほど悲惨な未来を、運命として甘受するより他ないのかもしれません。
    [ 2013年04月28日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    『日本核武装入門』が突きつけるもの

    今、日本国民の間で最もトレンディーな趣味は、《「日本を守る」ための、読書や、マスメディアの視聴や、講演会に行くことや、ブログやコメントを書くことや、周囲との討論をすること!!》これを提案したいと思います。

    何人もの専門家が、10年も20年も前から、「日本はこのままでは危ない!」「核武装しないままだと亡国は必至!」と警鐘を鳴らし、いろいろな本が出版されています。けれども事態は一向に変わらず、言説だけが飛び交うために、早くから関心を示している人の中から「核武装論には食傷気味」という空気さえ出始める有様です。

    たとえば、『日本核武装入門』~中国の「核」が日本を消滅させる日~〔原作・監修〕平松茂雄 〔漫画〕丹州一心 (飛鳥新社 2010 /2/24)をお読みになった方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。わざわざマンガ化され、子供からお年寄りまで、誰にでもよく分かるように、懇切丁寧に、対中国の日本の状況が、説明されています。

    このような本こそ、国民の必読書だと思います。共感するかしないかは、それぞれの判断に任されるとしても、必要な情報を取り入れてからでないと、正しい判断はできません。

    国民を啓蒙することと、憲法を変えることと、予算を組むことと・・・「核武装」を現実のものとするには、まだまだその前提が整っていません。実効性のある核の開発及び配備には少なくとも十年かかる、と言われています。

    今すぐ取りかかっても、2023年です。かつて1995年当時の中国首相李鵬が、オーストラリア首相との会談で「日本などという国は、このままで行けば、20年後(2015年)には消えてなくなる」と言ったことは、あちこちで報じられましたが、日本国民は、「それで?」という感じで聞き流してしまいました。あれは、単なる冗談で言えるセリフでしょうか?そうです、それ相応の実質的な準備が着々と進んでいるのです。

    まず、オバマ大統領のプラハ演説は、非核宣言ではないこと。核廃絶への道が訴えられてはおらず、米ロで不要になった核を廃棄するとは言っているが、抑止力としての核を捨てるとは、一言も言っていないということです。

    核兵器は、すでに使うための実行兵器ではなく、国際社会と対等に渡り合うための政治兵器となっているということ。アメリカは、歴史上何度か中国に対して、核恫喝を行い、支配的な立場に立ってきたが、中国が核を手に入れた途端、態度を変えた、というのです。各国も掌を返したように中国にすり寄ったのです。カナダ、パキスタン、日本・・・アメリカからの訪中は、70年民間人特使のエドガー・スノー、71年キッシンジャー大統領補佐官、72年ニクソン大統領(米中共同声明)。

    日本との関連を見てみましょう。実際に中国は、日本の米軍基地等に向けて核ミサイルを配備しているのです。また、「アメリカの核の傘」というのは、日本への核攻撃を未然に防備する、という意味ではなく、日本への攻撃が大前提だということ。それを受けてアメリカが攻撃をするとき、中国は日本に発射した直後だから、反撃しきれない、だから日本への攻撃は控えようというシナリオなのだそうです。ならば、アメリカが中国攻撃の意志を弱めたら、どうなるのでしょう?

    現在も中国はミサイル技術を発展させ続けており、1996年には、核の複数弾頭化に成功しているとも書かれています。弾道ミサイルの数を増やすことなく、保有核弾頭数を増やし、敵の防御を難しくするものだそうです。

    そのような中国に対して日本はODA(政府開発援助)をストップすることができないでいるのですね。無償、有償の資金援助、技術協力を2005年まででも総額3兆数千億円以上も行ってきました(最近のデータが見つかりません)。しかも、そのことが中国国民には、あまり知られていないと聞きます。知られている場合も、過去への贖罪と見られたり、日本製品が中国産を圧倒してきたことによって生じた損失と比べるとどれほどのものだろうか、というような受け止め方しかされていないようです。

    2001年、河野洋平元外相が、「海洋調査の事前通報制度」を作ったことも書かれています。中国はこれを大いに利用して、この年、日本側の全域にわたる海洋調査を実施したというのです。さらに、1968年の国連アジア極東経済委員会で発表された東シナ海大陸棚の石油資源を日本は40年以上放置し、中国に先を越されたのです。

    今後、台湾統一、シーレーン封鎖、沖縄占領、本土進出という最悪の事態に進む前に、今すぐ手を打つ必要があると本書は訴えています。
    「これから数年後に日本の危機が訪れる。それを回避するために、核保有の議論を真剣にはじめよう。日本人が日本人でいられるかどうかの瀬戸際がやってくる。みんな覚悟はできているか?」と。

    [ 2013年04月27日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    いよいよ正念場「放棄」か「保有」か

    本日(4月25日)「日本、NPTの核不使用声明に署名せず」のニュースが流れ、日本国民の意識が、「核」に向けられました。

    反応は、大きく分けて、賛成、反対、中立の三通りではないでしょうか。
    統計のようなものがあるのかどうかは分かりませんが、推測で言うならば、「署名せず」に対しては、批判(つまり反対)が多かったのではないでしょうか。

    それでは、仮に「日本核武装(保有)に踏み切る」というニュースが流れたとすれば、どうでしょう。おそらくこれも批判(つまり反対)が多いと思われます。

    なぜかというと、「平和ボケ」と自嘲しながらも、日本人は生来「平和愛好的な国民」なのです。その上に、先の戦争で、唯一の被爆国となり、「核兵器」のおぞましさをいやというほど見せつけられたのです。核アレルギーを起こさない方がおかしいくらいです。

    反対(署名すべき)の立場の意見は、次のようなものでしょう。
    ーーー「核兵器の非人道性」をどの国よりも知っている日本が、署名を拒むとは、有り得ない。もってのほかだ。恥ずべきことだ。ヒロシマやナガサキの犠牲者に申し訳ないではないか! 本来なら日本が先頭に立つべきなのに・・・やっぱりアメリカ追随だ。核の傘など当てにならないのに。逆にアメリカに対して、日本を守るために、核を使ってください、再度大量虐殺をしてくださいとでも言いたいのか。主権回復なんて言ってる場合か?。戦争で亡くなった英霊を追悼するために靖国に行くなら原爆で亡くなった方々を追悼し、核も断固反対すればいい。ーーーこれらの意見は、日本人として、当然持つべき、まっとうなものだと思います。

    ならば、賛成(署名してはならない)の立場の意見はどのようなものでしょうか。
    ーーー 核抑止力論を無視することはできない。核による力の均衡が、大戦を阻止しているとも考えられる。自民党政権の「核武装」のホンネが露呈したのでは?だいたいこのシチュエーション自体が意味不明だ。現に日本は四方を核に囲まれているのだ。自国にミサイルの照準を合わされ、つい今し方までひどく威嚇されていながら、しかも自分自身が核を持っているわけでもないのに、核不使用声明に署名?むしろ今回集まっているどの国より核の脅威をもろに受けている日本の立場を、NGOは考えて抗議しているのか?ーーーこうした意見も、説得力があります。

    そして、中立(署名してもよし、しなくてもよし、そもそも署名の意味や有効性が疑問)の立場もあり得ると思われます。
    ーーー共同声明には70カ国以上が賛同というけど、署名した国の中に、核保有国がどれだけ入っていたかということについて報道されていないのでは?もし、保有国がどこも署名していないのなら、使用禁止できるワケがないよね。日本だけが唯一の被爆国ということでやり玉にあげられてるのって、おかしいでしょ。
    第一、NPT自体が、不平等条約(アメリカ合衆国、ロシア、イギリス、フランス、中華人民共和国の5か国以外の核兵器の保有を禁止する条約)じゃないの。保有国のエゴで非保有国を押さえつけたり、締め上げたり、絞り取ったり、かと思うと例外を認めたり、黙認したり、これまで無茶苦茶やってきたよね。はっきり言って、付き合ってられない。ーーーこんな意見もあっていいのではないでしょうか。

    元駐米大使、村田良平氏の『何処へ行くのか、この国は』~若人への遺言~(ミネルヴァ書房)から、少し引用したいと思います。

    ーーー引用始め

    核は日本にとり、もっともっと切実な選択を迫られている重要問題なのだ。

    日本は、公式の立場として、核不拡散の努力はするが、拡散阻止はおそらく不可能との予測から、その場合の対応を今から探っておくという矛盾した立場に立つ。これはすべてNPTの核五大国の無責任、無方針な利己的政策の結果である。

    今や政府は、勇気をもって、いかなるタブーもない核論議を推進する時期に到達したと認識すべきである。

    減少しつつある米国の核抑止力に代わって、日本が自ら米国と協力しつつ独自の核戦力を持たない限り、日米安保条約は自壊してゆくだろう。

    むしろ当面の障害は、日本国内にある情緒的な反核感情と、これを煽るマスコミ、学者の勢力である。

    日米間で腹蔵ない話し合いが、核についても必要な時代が到来した、という平凡な事実を指摘したいのが、本書で核を取り上げる主眼である。

    ーーー引用終わり

    2010年3月18日に、村田氏は逝去されました。この本の発行日は、同年4月30日となっています。

    一部のアメリカ人(議員や学者)からも日本核武装の可能性が問われる時代に差し掛かったという自覚のもとに、わが国もいよいよ真剣に「核」を直視し、現状の打開を図らねばなりません。インドは世界中を敵にまわして孤立してでも、核保有国の座を勝ち取りました。

    日本は今、核を半ば放棄した状態です。これからどうするか、どうしなければならないのか。結論を軽々に出すことはできませんが、少なくとも当事者として振る舞う必要はあると思います。他国から非難されるようなノーコメントとか幽霊参加ではなく。

    人類共存のため核不使用を(二度とゆるすまじ原爆を)・・・実はこれはもう、68年も前からヒロシマ・ナガサキが言ってきたことです。そして一定の成果もあげてきました。徐々に核軍縮が達成できていること、とにもかくにも未だもって、我々の同胞以外の他国の人々が、戦争被爆を経験しないで済んでいること。あの無念の犠牲を永遠に人々の心に深く記したいと思います。

    それでもなお、危機が続くのなら、なおも我々が脅威に晒されないといけないのならば、どうして逃げてばかりいられるでしょうか。敢然と立ち向かう意味で、我々自身が核を保有するべきだと思います。。核を使用することなど論外ですが、保有すること自体の恐ろしさを語り続け、核を放棄するのではなく、核廃絶への道を切り開く権利と義務と責任を全うするのが、私たち日本人の使命なのではないでしょうか。



    [ 2013年04月26日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    「日本核武装」が現実味を増している

    米国共和党の有力上院議員ボブ・コーカー氏が、北朝鮮の軍事挑発への対応策として、日本と韓国の核武装を奨励していると知りました。(Japan Bisiness press「国際激流と日本」2013/4/24)コーカー議員は米国議会でも影響力の大きい上院外交委員会の、共和党側筆頭議員です。3月末の東アジア3カ国歴訪で安倍晋三首相や朴槿恵大統領、中国政府高官に面会した結果を踏まえての発言です。

    米国の有力議員が日本の核武装を予測し、さらにその核武装を中国への圧力の武器とする戦略を提示している、ということは決して軽視できません。コーカー議員はその前提として、日本を覆う米国の「核のカサ」が効用をなくしていくという可能性をも指摘しているのです。

    うすうす察知していた核の傘の不確実性をアメリカ自らが口にし始めている、さらに、「日韓共に自前の核武装を」と明言している、ということです。

    理由は、中国が信用できないから(最大の元凶は中国だ)、とされています。
    「中国から北朝鮮への燃料や食料は相変わらず分量を変えることなく流入を続けている。中国のいまの態度は許容できない。
    北朝鮮が脅威である限り、米国は中国のすぐ周辺の軍事プレゼンスを今後増強する。米国はまた日本と韓国の防御、攻撃の両面での軍事能力の強化を激励する。東アジアでの韓国や日本をも含めての核武装競争はもはや単なる仮定ではなく、現実性を帯びてきた」
    コーカー議員は、このように述べています。

    見方を変えれば、制裁による封じ込めで北朝鮮を非核化させることへの、限界が見えてきたとも考えられるでしょう。

    そもそも、北の核は、中国及びアメリカの容認あるいは黙認のもとに、開発が進められてきたのです。それをいくら若い後継者が、威信づくりに焦って周囲を威嚇したからといっても、即刻放棄せよ、では飛躍し過ぎです。

    核の威力を増強させたことに対して、ご褒美をあげるワケにはいきませんよ、というのは当然です。しかしながら、唯一ご自慢の核兵器をすぐに手放せ、さもなければ対話にすら応じないぞ、といきなり言われても、北としては、やーいビビッてら、とでも言うより他ないでしょう。

    核の効能を金正恩氏は、よく知っています。「核抑止力」という言葉も用いて、自らの立場を説明しています。「核戦争の脅威を防げる核抑止力を備えずして、アメリカと対等に話を進めることはできない」と明快に言ってのけたのです。

    北朝鮮からモンゴルへの食糧の支援要求(J-CASTニュース 4/23)という記事を信じるなら、中国も制裁を行っているのでしょうが、日本の庶民としては、飛び交う報道記事で判断するよりほかなく、事実を確認する術はありません。ただ、わが身に危険が迫っており、わが身を守る手だてが不足している、ということだけは明らかなのです。

    ワシントンの民間の国際安全保障研究機関「外交政策イニシアティブ」は4月10日付で「北朝鮮に関する米国と日本のウォーゲームからの教訓」と題する報告を公表しました。「ウォーゲーム」(模擬戦争演習)の前提となるシナリオは「北朝鮮が米国や韓国に戦いを挑むのだが、その有効な手段としてまず日本に攻撃をかける」という見通しなのだそうです。

    さらに逆の立場からも、日本の核武装が緊急に求められるとする意見もあります。

    北朝鮮は、中国に搾り取られることに辟易し、何とかアメリカにすり寄ろうとしている。ところが習近平氏は「親米」を標榜し、オバマ氏とケリー氏は「親中」姿勢を鮮明にしている。北朝鮮の「脅しショウ」をきっかけに米中は協力関係を強化する方向に舵をきった。すなわち、日米同盟より米中同盟が、優先される。アメリカは中国の巧妙な外交術にハメられてしまったことに気づいていないが、このままではアジアは中国の思うがままになり、日本は否応なくその勢力下に置かれることになる。ーーという立場です。

    この期に及んで、日本は今、何を最優先しなければならないのでしょうか。民主主義国家である以上、国民総動員で、緊急に議論を進めなければならないのではないでしょうか。

    金正恩氏の言葉をもう一度。「世界の非核化が実現されるまで核兵力を質的、量的に拡大強化する」・・・・・
    残念ながら、この「生き方」は、戦後の日本の「あり方」よりも一歩先を行っているように思えます。どうお考えになりますか?
    [ 2013年04月24日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    「非核化に応じたら対話」は、実現可能か?


    北朝鮮の態度が軟化?」というような見出しを目にする今日この頃です。少し前には、金正恩氏が雲隠れし、核シェルターに入ったのか、逃亡したのか、既に暗殺されたのか、などといろいろな憶測が飛び交っていたようですが、北朝鮮最大の祝日とされる、故・金日成主席の誕生日である15日、2週間ぶりに公の場に姿を見せました。

    金正恩氏も、一定の教育を受け、三十歳そこそこで、かりにも一国の主を名乗る人物です。もしかしたら、今現在、世界中で一番の有名人かもしれません。インターネットという匿名の世界では、散々に揶揄の対象とされていますが、もしかすると、彼の方こそ、日本人の弱虫めが、せいぜい米中に貢いでろ、などと思っているかもしれません。

    アメリカのケリー国務長官は「北朝鮮の危険な核開発は、北朝鮮の近隣国ばかりではなく、自国民も脅威にさらしている。そして、アジア太平洋の夢という概念も脅かしている」と正義の味方よろしく、講演しています。

    また、パウエル元国務長官は「北朝鮮が核兵器を使うつもりなら、北朝鮮政権を崩壊させるべきだ」と発言しました。語気は荒くないように感じられますが、言わんとすることは、「一発でも発射してみろ、やられたら必ずとことんやりかえすぞ、当然金一族の命はないからな」と猛烈な脅しをかけているのです。

    ともかくアメリカは北朝鮮に対して、延命を望むなら非核化を要求する、という強硬な姿勢を突きつけています。

    それに対して北朝鮮側は「朝鮮半島の非核化は、米国によって持ちこまれた核戦争ツールの除去によってこそ開始されうる」と述べています。18日、北朝鮮国防委員会は韓国に対して、「もし私たちの核兵器を民族共通の財産として尊重するならば、前途には光がある。もし韓国が米国の核の傘に入り続ければ、最終的には滅亡へと向かうことは必至だ」との声明を発表しました。

    また「われわれが、米国の核戦争の脅威を防げる核抑止力を備えた段階で、真の対話が可能になる」と、対等な立場での会話を主張したのです。

    これを、狂気として切り捨てることができますか。小国が何とかして自国の存続を図ろうとする場合の原点に立ってよく考えれば、言っていることは、理にかなっていますよね。むしろ日本が、うやむやにしつつ、真綿で首を絞められても、面と向かっては言えず、抵抗すらできていないことを、ズバリ言ってのけているとさえ思えるのですが・・・。

    先日の討論番組で、西部邁氏が、北朝鮮の現況と太平洋戦争勃発期の日本を重ね合わせた発言をされていましたが、今、もし「米中韓日」が連携して強硬な姿勢を貫くなら、「北」は袋小路に追い込まれます。アメリカお得意の真珠湾状態を現出しているとも言えます。

    北朝鮮が、だからといって無謀にもミサイルを発射するとは思えませんが、かといって日本は絶対に大丈夫、とまでは言えません。逆に、どの国よりも狙われる可能性が「高い」とは言えても、「低い」とは言えないようにも思えます。

    北朝鮮の労働新聞は、14日、「前代未聞の対決戦で、われわれが主導権を握り、敵はどぎまぎしている。われわれには、災いを福に作っていく勝利者の春である」と、一連の挑発行為の成果を誇示するような内容の社説を、掲載しました。

    かろうじて、見栄を張り続けていますが、国民に向けてのカモフラージュも、いつか万策尽きることでしょう。しかし少なくとも、要求されるままに核を手放すことは、「滅亡へと向かうことは必死だ」と容易に考え得ることから、ほぼ有り得ないと思われます。

    作戦を変えるしかないでしょう。
    [ 2013年04月24日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    「靖国問題」は存在しない?

    本日午前、超党派の議員連盟168人が靖国神社に参拝!!
    日本再生の歩みが着々と進んでいるようで、頼もしく思われます。「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」は、超党派(自民、民主、みんな、維新など)から成り、参拝議員が100人を超えたのは平成17年以来だそうです。

    昨日の麻生太郎副総理兼財務相ら閣僚3人の参拝に対しても、インターネットで見たところ、国民からは、「あっぱれ」「さすが」「GJ(Good Job)!」 などの感想も聞かれ、中には、「こんな当たり前のことがニュースになるなんて」という、もう一歩進んだ感想も見られました。

    韓国からの外相訪日中止というのは、はっきり決まってもいなかった会談を、破棄したかのようにアピールしたパフォーマンスとも報じられました。中国からも、非難が殺到していると報じられる一方で、以下のような実態も紹介されました。

    〔中には「四川省の地震や鳥インフルエンザなど、国内には立ち向かわなければならない問題が山積している状況。靖国問題など構っている余裕はないし、そこまで目くじらを立てるような問題なのだろうか?」「参拝に『行かなかった』というほうがむしろニュースになるくらいだ」との冷めた意見も散見された。〕(Yahoo! ニュース 4/22)

    まだまだ時間がかかるかもしれませんが、日本人が「家族の幸福を願い、国家の未来を信じて戦った、日本人将兵が祀られる靖国神社に、国民が参拝するのは当然だ」という一線を譲らないならば、韓中も次第に沈静化していくのではないでしょうか。
    ここは日本側が、断固言行一致で、あるべき姿を示さねばならないと思います。

    ところで、菅義偉官房長官は22日午後の記者会見で、「個人の参拝は信教の自由に関する問題であり、政府が立ち入るべきではない」と表明した、と産経新聞が報じています。さっと読み飛ばされてしまう箇所かもしれませんが、2006年に麻生太郎氏が発表された「靖国に対する私見」と照らし合わせてみると、少しズレが感じられます。以下抜粋します。

    ーーー抜粋始め
    土台にあるのは、国家のために尊い命を投げ出した人々に対し、国家は最高の栄誉をもって祀らねばならない、という普遍的な原則です。
    いかにすれば靖国を慰霊と安息の場とし、静謐(せいひつ)な祈りの場所として、保っていくことができるか。言い換えれば、時の政治から、無限に遠ざけておくことができるか――。  
    靖国にまつわるすべての議論は、いつもこの原点から出発するものでなければならないと考えます。

    ところが靖国を元の姿に戻そうとすると、たちまち問題点にぶつかります。それは煎じ詰めると、靖国神社が宗教法人であるという点にかかわってきます。
    靖国神社が宗教法人である限り、総理や閣僚が参拝する度に、「公人・政治家としての訪問か、私的な個人としての参拝か」という、例の問いを投げかけられます。政教分離原則との関係を問われ、その結果、本来鎮魂の行為であるものが、新聞の見出しになってしまいます。

    靖国神社は、「氏子」という、代を継いで続いていく支持母体をもちません。「カスタマー」はご遺族、戦友とその近親者や知友だけですから、平和な時代が続けば続くほど、細っていく運命にあります。ここが一般の神社との大きな違いの一つです。  
    靖国は個人や法人からの奉賛金(寄付金)を主な財源としていますが、以上のような状況を正確に反映し、現在の年予算は20年ほど前に比較し3分の1程度に減ってしまっているとも聞きます。  
    戦後日本国家は、戦死者慰霊という国家のになうべき事業を民営化した結果、その事業自体をいわば自然消滅させる路線に放置したのだと言って過言ではありません。政府は無責任のそしりを免れないでしょう。  

    それでは靖国が宗教法人でなくなるため、まず何をすべきでしょうか。これには任意解散手続き以外あり得ません。既述のとおり、宗教法人に対しては外部の人が何かを強制することなどできないからです。また任意解散手続きは、護国神社と一体である必要があります。  

    最終的には設置法に基づく特殊法人に。
    名称は、例えば「国立追悼施設靖国社(招魂社)」。このようにして非宗教法人化した靖国は、今までの比喩を使うなら、戦死者追悼事業を再び「国営化」した姿になります。宗教法人から特殊法人へという変化に実質をもたせるため、祭式を非宗教的・伝統的なものにします。これは実質上、靖国神社が「招魂社」といった本来の姿に回帰することにほかなりません。各地の護国神社は、靖国社の支部として再出発することになります。  

    それではいったい、どういう人々を慰霊対象とすべきなのか。周知のとおり、ここは靖国を現在もっぱら政治化している論点にかかわります。だからこそ、あいまいな決着は望ましくありません。「靖国を非政治化し、静謐な鎮魂の場とする」という原則に照らし、靖国社設置法を論じる国会が、国民の代表としての責任にかけて論議を尽くしたうえ、決断すべきものと考えます。  

    政治の責任として以上の手続きを踏んだあかつき、天皇陛下には心安らかに、お参りをしていただけることでしょう。英霊は、そのとき初めて安堵の息をつくことができます。  
    中国や韓国を含め、諸外国首脳の方々にとっても、もはや参拝を拒まなければならない理由はなくなっています。ぜひ靖国へお越しいただき、変転常なかった近代をともに偲んでもらいたいものです。
    ーーー抜粋終わり

    意味が通じるように配慮しながら、約3分の1程度にカットしたものです。これまで「靖国問題」を学習したり考えたりすることが不十分だった私にとって、「宗教法人としての経営難」というようなことは、全くの初耳でしたので、興味深く読みました。

    しかし、このような認識のもとに、菅官房長官の「信教の自由」で、「政府が立ち入るべきではない」という発言を聞くと、ちょっと首をかしげたくなります。

    麻生氏の言う、「国営化」した上で「非政治化」した「追悼施設」に変えるためには、これから一仕事ありそうです。なるべく早急に「靖国問題」を未来志向のものに読み替えて、意欲的な議員連盟の方々が、有効な取り組みをされるよう期待します。
    [ 2013年04月23日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    やっぱり「主権回復開始の日」でしょ!

    「日本のこれから ~安倍政権はこれからどうあるべきか~ 」と題した討論番組を視聴しました。3時間仕立てです。

    メンバー〔敬称略〕は、
    西部邁   (評論家)
    小浜逸郎  (評論家)
    富岡幸一郎 (文芸評論家)
    三浦小太郎 (評論家)
    宮里立士  (評論家)
    浜崎洋介  (文芸批評家)
    水島総   (司会)

    哲学的な深遠な内容に迫る、聞き応えのあるものではありましたが、副題に関連した具体的な提言がほしかったというのが、正直な感想です。テレビで見る、提言を一言で、と紙に書いて見せる方式もわかりやすくていいと思います。

    総じて言えば、「安倍内閣にアメリカンコンプレックスがないのか」という西部氏の疑問に、小浜氏が「TPP参加はアメリカへの敗北」と解釈し、まだ「主権回復」は実現できていない、という議論へと進み、いろいろな問題に触れながら、どう日本を取り戻すことができるか、が話し合われました。そして、はっきり見えてきたことを一言で言えば、「安倍政権は、これからしっかりと一歩一歩日本の主権回復をやらねばならない」ということだと思います。

    沖縄出身の宮里氏は、「4月28日は祖国復帰運動の起点」と言い、浜崎氏は、「日米安保の上で自由と平和を歌うのは欺瞞、自分の足で立っていないのだから。戦後レジュームの脱却の中で一番重要なのは、憲法改正」と提言します。

    水島氏も「果たして4月28日は、独立した日なのか? 支配はお断りという意思表示では?」と本音を語り、西部氏が、「戦後レジュームとは何か、実は日本社会が、丸ごとアメリカの属国になってしまったこと、ヤマトンチュウだって独立していない、主権回復祈念日とすべきだ。」と見解を述べます。

    富岡氏は、「戦後史の中で自主独立できる機会があったにもかかわらず、日本は、経済を中心にすることによって、機会を逃してきた。自主独立のためには、まず自主憲法」と発言し、西部氏は、「アメリカは日本を守る気はない、大まかな国家論とすれば、アメリカに徹底的にやられたことを見直さなければ」と語気を強めます。

    また経済についても、西部氏は、「全体的なビジョン、グランドデザインがなければ、つぎはぎ細工は崩れる」と警告します。宮里氏が、「今、チャイメリカという考え方も出ている」と、「アメリカと中国の癒着を表す言葉」を紹介すると、小浜氏は「中国やアメリカの弱者に対する冷たさというのは日本にはない」と国柄の違いに言及。

    小津映画を引き合いに出しての「家族」や「時間」の大切さから、村上春樹の限界(「グローバル」で、「現在」しかないこと)、ベネディクト16世の生前退職をめぐる宗教の世界的危機、北朝鮮問題にまで、無軌道に話が展開します。

    それらを受けて、三浦氏は、「アメリカナイズは、全世界でおきたことであり、20世紀後半の普遍性を持った、歴史上の現象」という大局に立ち、「戦後の68年を消すことはできないのだから、4月28日は、この日から始まった歴史を引き継ぎ克服していくもの」と位置づけます。

    「が、これにはものすごく時間がかかることで、これを安倍内閣に全て期待することは無理。全部矛盾を飲み込んだ形で安倍内閣が始まったとみて、新しい日本を模索していかなければならない。」と、総括的な発言をします。

    宮里氏は、「総理大臣が、公的な場で反米が言えるわけではないけれども、起点となる式典であることを分かってやるなら意味がある」と、沖縄側からの理解を示します。さらに、「米中連携、カイロ密約のこと(アメリカからの「沖縄を譲ろうか」という申し出を中国が受けなかったこと)、その後もキッシンジャーと周恩来が、日本を米中の管理下に置いて、核武装もさせないという話をしていること。沖縄は地政学的に境界線にあるから、米中に対抗するのは至難のわざだと思う。」と、外交上のポイントを押さえながら、危機感を訴えます。

    議論は、その後も、「アメリカ文化の受け入れ方が、みっともなかった。」「TPPは、日本が守らなければならないものを全て持って行かれる」「アメリカの普遍性は、エゴイズムの普遍性ではないかと思った」「メディア状況は大衆化(衆愚化?)している」「西洋的な神の実感がある人は日本人には少ない。 日本人にとっての超越性とは、かけがえのなさ」「安倍政権にいちばんやってほしいのは教育改革」など延々と続き、最後は、水島氏の「とりとめのない話になったが、示唆に富んでいた。」で締めくくられます。

    私自身が到達した結論は、繰り返しになりますが、やはり「主権回復記念日」ではなく、「主権回復開始の日」だということでした 。西部氏の「主権回復祈念日」では、永遠に回復できない感じがのこる、と思うからです。

    [ 2013年04月22日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    主権回復開始の日」と改名を!

    「主権回復は未だ完了していない」という正しい認識が、国民共通のものになっていないことが、一番の問題なのではないでしょうか。近代国家として独立した節目の日を大事にする、という意味合いはあるにせよ、決して「祝日」ではないのです。


    真の独立国家となり得ているだろうか、ということを、国民一人ひとりが考え、より強く美しい国をつくろう、という自覚を促すための記念式典なのです。当然、毎年の恒例行事にすべきだと考えますし、今回は、憲法を見直す、という大変重大な課題に取りかかる序章ともなるはずです。

    戦争を知らない我々の世代は、敗戦後7年近い連合国軍総司令部(GHQ)の占領統治があったことも、ほとんど知りません。言葉としては知っていても、イメージが湧かないのです。それどころか、平和憲法を賛美する教育を受けた時代が長く続いたのです。憲法は日本の誇りだ、とまで教えられました。

    ところが、それは日本人の手によって書かれたものではない(マッカーサーの若い部下が僅か一週間で作成した)ことを知り、そこに書かれた内容は、現実離れしたもの(まさに絵に描いた餅)であることが、勉強するうちに分かってきたのです。日本の伝統と安全保障上の現実を踏まえた、新しい日本国憲法の作成が望まれます。


    毎日新聞 (4/7)によれば「 主権回復式典>与野党幹部、異論や注文相次ぐ 」という見出しで、1952年当時、米国の施政下に取り残されていた沖縄県などから反発が出ていることに配慮し、共産党と社民党は欠席を明言したことが報じられています。以下引用します。

    〔民主党の桜井充政調会長は「沖縄が『屈辱の日』と位置付ける日になぜやらなければならないのか理解できない」と批判。みんなの党の浅尾慶一郎政調会長も「異論がある中で天皇をお招きするのは政治利用の側面もあるのではないか」と指摘し、日本維新の会の浅田均政調会長も「個人的に強い違和感を感じる」と語った。
    公明党の石井啓一政調会長も「(沖縄が返還された)5月15日の式典開催を政府は真剣に検討してほしい」と注文を付けた。〕

    せっかくの有意義な試みも、これではお話になりません。今が、非常に大事な時だと、どうして分からないのでしょうか。沖縄の県民感情は、充分尊重せねばなりませんが、過去にばかり目を向けるのではなく、共に未来をみつめようではありませんか。沖縄も含めて、日本という国家が21世紀を生き延びるために、一致団結する何らかの契機が是非とも必要だと考えます。


    主催側が、式典の意図を全国民にしっかり浸透させ、次のステップへつなげてくださるよう、切に願います。


    [ 2013年04月22日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    アジアに曙光を!独立を勝ち取れ!!


    『わが子に語りたい(知られざる)日本人の物語』(別冊「正論」平成23年10月)は、一年半前に求めたものです。
    そういえば、「ジョグジャカルタのサムライ」という文章があった、と本棚から取り出してみると、何と筆者は関岡英之氏でした。何カ所か線を引きながら読んだ跡が残っていますが、あの頃は、筆者については何も知りませんでした。

    題名の主は、石井淑普(よしなみ)氏のことですが、文章には、もう一人、柳川宗成氏が登場します。以下少し抜粋します。

    ーーー抜粋始め
    昭和17年暮れ、柳川中尉は、インドネシア人の青年幹部を養成・訓練するため、ジャカルタ郊外に「タンゲラン青年道場」を設立した。
    カリキュラムは軍事訓練と精神訓話が中心で、朝五時から夜十時までの猛烈なスパルタ教育であった。
    「正直であれ」「勇気を持て」「常に前進せよ」という三戒が徹底して叩き込まれた。
    柳川中尉はインドネシア青年たちに対する訓辞で、「独立は自らの力で勝ち取るものである」「日本軍は持てる知識の全てを教えるので、一日も早く学んで、立派に独立してほしい」と常に力説していたという。
    また、オランダ統治時代は決して教えられることのなかったインドネシアの歴史も講義された。
    ーーー抜粋終わり

    さらに、上・中流階級の師弟で、農作業を嫌がる青年たちに、自ら肥桶を担いで率先垂範したため、急速に一体感が醸成されたことなども紹介されています。

    タンゲラン1期生で独立後、インドネシア国軍の情報機関のトップに登りつめたズルキフリ・ルビス氏は、日本軍の教育について、「愛国心を育て、死を恐れぬ精神を植えつけ、向上心を涵養し、インドネシア人の民族精神を刷新した画期的なものであり、後にオランダと戦って独立を勝ち取ることができたのは、このときの精神教育の賜である」と総括しているとのことです。

    私自身がしばらく滞在した経験から言えば、インドネシアでも高地にあるバンドンは、年中穏やかな気候でしたが、ジャカルタ付近は年間通して30度前後の高温で、クーラーを付けっぱなしにしても、耐え難いものでした。彼の地で、アジア解放を心の柱として完全燃焼した日本人たちに、心から敬意を表します。

    また、戦後もアジア共産化阻止のために奮闘した日本人たちの存在があります。

    日本人が、アジアの発展と平和のためにどのような貢献をしてきたのかを、このような人物の伝記を通して、よく知り、是非子孫に語り継いでいきたいものです。戦後の教育の中で欠落していたことを、見直し、変えていかなければならないと思います。
    [ 2013年04月22日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    インドネシア「心の友」


    インドネシアには2度訪れました。数ヶ月の短期滞在と、約1週間の旅行です。縁あって、親友とも呼べる人ができました。彼女は日本人と結婚して、日本に帰化しています。私より十歳以上年下ですが、考え方、忍耐力、実行力において、尊敬できるすばらしい女性です。

    ある日、カーラジオを聞いていると、五輪真弓の「心の友」という曲が流れました。初めて聴く曲で、なんとなく昭和のムードを感じさせる中に、ちょっぴり南国情緒が織り込まれたものでした。

    そして、この曲は、インドネシアでは第二の国歌とも呼ばれ、老若男女誰でも口ずさめるポピュラーソングだと解説されました。
    かつてスマトラ沖大地震と大津波で、20万を越す犠牲者を出した頃、この曲が国内に流れ、 傷ついた人々の心を癒し、国民に勇気を与えた、というのです。

    早速、友人に会ったとき、このことを聞いてみると、「知っていますよ。勿論です。」と、とても興奮した様子。日本に来て間もない頃、日本人との共通の話題にしようと、あちこちでこの曲のことを持ち出したけれど、誰一人話が通じなかったため、ショックを抱えたまま胸にしまっていたとのことです。

    CDを買って、私もこの曲を覚え、二人で一緒に歌いました。インドネシアの人たちも日本語で歌っているのだそうです。
    何か、とっても懐かしい!!
    彼女のまぶしい笑顔を見ながら、音楽の力、文化交流のすばらしさを、しみじみと感じました。



    KOKORO NO TOMO

    あなたから 苦しみを 奪えたそのとき

    私にも 生きていく 勇気が沸いてくる

    貴方と出会うまでは 孤独な さすらい人

    その手の ぬくもりを感じさせて

    愛はいつもララバイ 

    旅に疲れたとき ただ 心の友と私を呼んで 



    信じあう心さえ どこかに忘れて

    人は何故 過ぎた日の幸せ追いかける

    静かに瞼閉じて心のドアを開き

    私をつかんだら涙拭いて

    愛はいつもララバイ 

    貴方が弱い時 ただ心の友と私を呼んで

    愛はいつもララバイ

    ただ 心の友と私を呼んで



    [ 2013年04月22日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    池上さんへ 追加~~♪

    ★ 付加  池上彰氏は、「アベノミクスは劇薬。即効性があるが処方を誤ると日本は死滅する。」 との語気の荒い警告もしていた。


     2月24日  「そこまで言って委員会」をちらっと見て

      まず、近いうちに(鈴木宗男さんの言によれば、ゴールデンウイークの前半)、北方領土問題に進展が見られるだろう。少なくとも歯舞・色丹は日本に返還される。国後・択捉についても完全に望みが絶たれるわけではないが、ここは引き分けで決着を付けることがベストである。
     日本・ロシア間が、しっかり連携すれば、中国・韓国も自重するはずだ。領土問題の解決に向けての次なる道が開けていくであろう。

     ~「テレビは限られたあるいは偏った情報しか流さない」と、敬遠する人もいるが、今目の前にある問題点について、どうしてもこれだけは伝えたいという、命がけで闘ってきた人の熱い思いを生の表情や動作や声色を通して知るためには、大変有効である。また、大勢が多面的に意見をぶつけ合うことにより、些細な点までもが浮き彫りにされ、読書による一方向からの情報入手では得られない、立体的な把握がきわめて短時間で可能となる。ネットも何万人もが利用しているメディアであるが、やはりリアルタイムで、何百万人もの人が見ているということからすれば、テレビの影響力を無視することはできない。
    [ 2013年04月21日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    池上彰さん、それって変では?

    池上彰の番組(2月23日 土曜)を見て

    偶然テレビをつけたとき、アベノミクスについての議論をやっていたので、途中から見た。大変後味の悪い番組だった。というのも、それと気づかれずに視聴者を取り込む実に巧妙な「安倍叩き」だと痛感したからだ。中立な立場で真実をわかりやすく解説しているかのように見せかけて万人の信頼を引き寄せ、実は都合のよい情報提供をすることによって無理強いすることなく、批判の種を蒔いて人心を操作しようとしていた。

    1 「アベノミクスの功罪を客観的に明らかにする」と見せかけて、不安を煽る。

    ・経済政策の元となる理論や、外国との比較、日銀の失策について、何一つ触れることなく、表面的な説明で終わっていた。
    ・今アベノミクスは、デフレを脱却するための有効な方法として機能し始めていることは認めるものの、2パーセントの物価指数上昇というのは、バブルの崩壊以降一度も達成されたことがない大変な高い目標であり、そもそもバブル崩壊の頃にまで、物価を引き上げるというのはいかがなものか、と問いかける。
    ・受講者のAが、「それはひどすぎる、せいぜい1パーセントでよいのではないか。」と訊くと、「大変よい質問です。」と褒め、しかしそれでは、折角1パーセント近くまで指数が伸びてきた時、すぐにまた金融の引き締めに転じなければならないから、なかなか事態が改善されない、と説明して受講者たちの納得を得る。
    ・今、円安と株価の上昇により、未来に明るい兆しがあるように見えるが、輸出産業にとってはそうでも、輸入する際には円安だと従来よりもたくさんのお金が必要となるわけだから、結果的には物の値段が上がり生活を圧迫すると、暗い方向に話を進めた。
    ・具体的には何が値上がりしますか。」という質問に対して、石油の高騰を数字を挙げて実証し、まずこれがあがれば、電気エネルギー、輸送に関わり、結句全てが上がることになる、と警戒心を喚起する。
    ・さらには、現役世代はうまくすれば給与が上昇する可能性があるから、少々の物価の上昇には対応できるだろうが、年金世代はそうはいかない、これから年金は上がる見込みがないのだから、とますます危機感を煽る。
    (これまではお年寄りには非常によい環境だったが、これからは違うと強調。)

    2 「憲法の改正」によって、戦争を招きかねないような印象を与える。

    ・海外から「日本の政治は右傾している」と危惧されていることを説明。
    ・安倍総理の自民党内での立場について、不安定な印象になるように説明。
    ・そもそも祖父、父と代々自民党内でも最も右寄りで、憲法改正論者であったということを党内の派閥一覧図を用いて説明。
    ・ 「平和憲法」を変えて戦前のように「軍」を導入しようとしている、といういかにも危うい印象を強調。

    3 「最後に視聴者に言いたいこと」として、反発を態度で示すよう喚起する。

    政治家は国民の手によって選出されるのであり、最も力を持っているのは実は国民である。今、何がどう変わろうとしているのかをよく見極め、意思表示をしていこう。


    ~自分で学び、考えようとしない人たちにとって、こうした番組は手っ取り早い常識(良識)を手に入れる手段だと勘違いされる恐れがある。
    たとえば、石油の価格が上がることへの懸念から安倍総理はかねがね「エネルギーのベストミックス」ということを唱え、この度のオバマ大統領との会談でもシェールガスの購入について交渉した。また、高齢者の年金は、これまでもらいすぎ、潤いすぎで、預金額が半端でないことが、よく知られている。ことさらに、インフレターゲットが上昇することで被害者となるかのような煽りは無用だ。
    長時間の神経がすり減るような国会の議論を経て、厳しい国際環境の中様々な交渉を進めて、今やっと少しずつ形が出来つつある新政権である。中途半端な意図的な情報提供による人心操作は謹んでいただきたい。~~♪

    [ 2013年04月21日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)
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