熟女の繰言

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    教育において「国防」の意識がなぜ必要なのか


    国の存在意義さえ、放っておくと見失う時代になりつつあるのです。グローバリズムを甘く見てはいけません。国民国家を基礎にする税制が崩壊し、そもそも国の財政自体が成り立たないという事態に、いつかならないという保証はありません。

    このことから、教育においては、国語および歴史が最も重要になるはずです。数学や科学も確かに重要ですが、いくら高度な技術を持ち、産業界で目覚ましい成果を挙げても、国の枠組み自体が崩壊してしまうならば、それが何の役に立つでしょう。

    英語で日常生活を送る国にしたいのでしょうか。そうでないなら、なぜ、学校教育において、国語以上に英語に時間や労力を割くのでしょうか。しかも、PISAという国際的な生徒の学習到達度調査においても、国内の学力調査においても、応用力(理解力や記述力)が、非常に不足していることが、明らかになっているのです。

    完全に個人主義に徹して、国籍にこだわらないでいい、という考え方の人もいるでしょう。余生を過ごすのに十分な蓄えがある高齢者たちや、子供の語学教育のためを考えるインテリ層の親たちが、海外に移住する例も、さほど珍しくないようです。

    しかしながら、そうした生き方が主流になって、なお、平和な時代が想像できますか? マックス・ウェーバーによれば、「国家とは、いかなる形態・方法であれ暴力を使用することについての正統性の根拠」なのです。つまり、国家があるから、治安が守られるのであり、国家が消滅すれば、各種の暴力団体が抗争を繰り返すことになるのです。

    「国家を守る」という意識が、国民一人ひとりにどれだけあるでしょうか。政治家たちにもどれだけあるでしょうか。

    警察や自衛隊の人たちに、任せればいい問題ではありません。

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    [ 2013年08月31日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    大日本帝国の功績


    今朝のNHK「週刊ニュース深読み」では、視聴者を完全におちょくって、問題をすり替えていました。『はだしのゲン』を規制する動きが起こった原因を、「性描写」と「暴力シーン」に限定して、他のマンガやマスコミ情報に敷衍する、実にバカバカしい内容を展開していました。

    もっと真面目に日本の将来を考えてほしいものです。


    さて、「本当の日本の歴史」イザ!というブログを初めて読ませていただきました。このところ自分が探っていた、「巨視的な歴史の流れの中での日本の役割」を、しっかりと裏付ける記事が、たくさん見つかりました。残念ながら出典は分かりませんが、Daisukeさん、少し引用させてくださいね。


    〈マレーシア外務大臣 ガザリ・シャフィ氏〉

    「日本がどんな悪い事をしたというのか。

    大東亜戦争でマレー半島を南下した時の日本はすごかった。わずか3ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはとてもかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。

    私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやって来たと思っていた」


    〈マレーシア首相 マハティール氏〉

    「もし日本なかりせば、世界は全く違っていたでしょう。

    富める北側はますます富み、貧しい南側はますます貧しくなっていたと言っても過言ではない。
    北側のヨーロッパは、永遠に世界を支配したでしょう。マレーシアのような国は、ゴムを育てて、スズを掘り、それを富める工業国の顧客の言い値で売り続けたでしょう」


    〈マレーシア上院議員 ダト・ノンチック氏〉

    「私達は、マレー半島を進撃していく日本軍に歓喜の声をあげました。敗れて逃げていくイギリス軍を見た時に今までに感じたことのない興奮を覚えました。

    しかもマレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育を行ってくれたのです」


    〈タイ国元首相 ククリット・プラモード 〉

    「日本のおかげでアジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体を損なったが、生まれた子供はすくすくと育っている。

    今日、東南アジアの諸国民が、米英と対等に話が出来るのは、いったい誰のおかげであるのか。

    それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。」


    〈タイ国元副首相 タナット・コーマン氏 〉

    「あの戦争によって、世界のいたるところで植民地支配が打破されました。

    そしてこれは、日本が勇戦してくれたお陰です。新しい独立国が、多くの火の中から不死鳥のように姿を現しました。

    誰に感謝を捧げるべきかは、あまりにも明白です」


    ソムアン・サラサス氏 元タイ国軍事顧問

    「日本は敗れはしたが、アジアのプライドをかき立てた。

    戦争が始まったとき、日本は負けるという不安もあったがタイは日本についた。
    私は、日本が負けても、英米に対してアジアもこれだけのことができるという証明になると友達と話した」


    ~このような言葉が、顔写真と共に掲載されています。これこそは、日本の将来を担う子供たちに、是非とも読ませるべきものです。

    [ 2013年08月31日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    TPPはドラキュラである


    「進展があった」「有意義であった」「整えられつつある」TPPですが、一方で課題も多く、反対運動も日に日に勢いを増している様子です。

    安倍政権が、国民の納得の無いままにTPP参加を強行しようとする裏で、どのような事情があるのかを、緊急に見極めなければなりません。

    アベノミクスの実現は、TPP参加を前提としてアメリカから許されたものだったのでしょうか。いずれにせよTPP参加によって国が崩壊しては、元も子も無いのではないでしょうか。

    ーーーーー

    TPP首席交渉官会合閉幕 6カ国と関税撤廃品目リストを交換

    フジテレビ系(FNN) 8月30日(金)21時9分配信
    ブルネイで行われていたTPP(環太平洋経済連携協定)の首席交渉官会合は、共同声明を発表して閉幕した。
    共同声明では、関税撤廃などを扱う「市場アクセス」や「投資」、「金融サービス」など、今回、集中的に議論した分野について、進展があったと成果を強調した。
    鶴岡首席交渉官は、記者会見で「今回の交渉結果は、今後のバリ(のAPEC)で成果を出すために、有意義な準備会合であった」と述べたうえで、10月にインドネシアで行われるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)での大筋合意に向けて、「克服しなければならない点が、相当程度整えられつつある」と強調した。
    また、鶴岡交渉官は、今回の交渉期間中に、「市場アクセス」分野で、チリとペルーを除いた9カ国と個別の交渉に臨み、うち6カ国と、関税撤廃品目のリストの交換を行ったことを明らかにした。
    9月は、各作業部会で、中間会合が開かれるほか、18日から21日にかけ、アメリカのワシントンで、首席交渉官会合を開くことで調整されている。

    ーーーーー

    10月大筋合意へ交渉加速=首席会合、来月米で―日本、例外品目絞り込みへ・TPP

    時事通信 8月30日(金)20時28分配信  (部分)

    日本は今回、ペルーとチリを除いた9カ国と関税分野で2国間協議を実施した。米国やオーストラリアなどを除く6カ国とは、関税撤廃の用意がある品目のリストを交換。日本はこのリストで、コメや砂糖など重要5項目の扱いを「未定」としていた。

    共同声明は、知的財産権や国有企業など協議が難航する分野を念頭に「創造的で現実的な解決策を見いだすことに成功した」と成果を強調した。しかし、これらの分野は先進国と新興国間の立場が対立。今回は課題の整理にとどまり、合意には程遠い。関税分野なども含め、利害が異なる各国による水面下の激しい折衝が9月の首席交渉官会合まで続くのは確実だ。 

    ーーーーー

    「TPP参加をとめる院内対話集会」が国会内で開かれ、各界各層の人々が参加した。(主催:STOP TPP!! 市民アクション)

    国会議員はもとより主婦、医師、労働組合、市民運動家、一住民…ありとあらゆる人たちが国会まで足を運んだ。アクションへの賛同団体は222団体にものぼる。

    (中略)

    「TPPは米国の働き方を押し付けてくる危険性がある。アベノミクスの成長戦略と関わって雇用の規制緩和が議論されていて、TPPと同じ方向を向いている。日本の労働市場は国際競争力強化の名の下で進められてきた非正規への転換で、雇用、労働条件が劣化し、労働者が貧困化している。壊れた雇用の改善に手をつけないまま次の嵐の中に突っ込もうとしている。TPPに断固反対してゆく」。

    集会では雇用だけではなく、あらゆる分野の問題が指摘された。主婦の代表は「TPPで食の安全性が脅かされる」と訴え、法曹界の代表は「ISD条項は国家の主権を侵害する」と指摘した。

    (中略)

    日本にとっても、農業や自動車産業、金融サービス業や健康産業だけのことではない。こういった産業はもちろん、その影響はもっと広範囲に及ぶ。超国家的な官僚組織に、自国の文化や経済、そしてその未来を決める力を譲り渡そうとしているのだ。これは本当に個人の一生と国自体を変えてしまう、しかも何十年も縛られて逃げることはできない取り決めだ。

    ーーーーー

    ネット上でも盛んに議論が展開されています。その中でも、アメリカの市民団体の告発動画(密室で行われていたTPPの貿易協定草案がリークされたことに対するもの)が、とてもわかりやすかったので、少し紹介します。(既にご覧になった方もいらっしゃるでしょうけど)
    オバマ政権そのものが、米国議会に隠してTPP交渉を進めていたという事実に、驚かされます。


    【アメリカの市民団体がTPPについて報道した驚異の内容とは】

    http://www.youtube.com/watch?v=HLVKAalmD48


    TPPは強制力のある世界統治体制に発展する恐れがある。

    企業の権利の世界的な強制。規制が緩和され、企業の権限が拡大する。
    企業に凄まじい権力を与えるもの。1%を喜ばせるもの。1%の夢。
    ありったけの金とロビイング力をつぎ込んで未来永劫に力を振るおうとしている。

    既存の国内法が改変され、進歩的な良法が無くなるばかりか、新法の制定さえもできなくなる。

    各国の金融規制も緩和させられ、高リスク金融商品も禁止できない。

    地産地消や国産品愛好は許されない。

    環境や人権に配慮する商品も提訴されかねない。

    TPPは、セメントだ。一度固まったらおしまい。全員が同意しないと変更できない。

    TPPはドラキュラだ。日に当てることで退治できる。

    [ 2013年08月31日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    軍国日本と、ナチス・ドイツは違う


    戦闘や侵略や殺戮は、人類史上、いえ有史以前からでしょうが、絶えたことがありません。しかしながらそうした行為が、他国や国際機関によって処罰されたという例は、第二次世界大戦後のドイツに対するニュールンベルク裁判と、日本に対する東京裁判を除いて、後にも先にも一例も無いのです。

    少し前に見た動画の中で、橋下徹氏が、「講和条約を結んだら、戦争責任を問われることは無いはずだった。東京裁判は、国際法違反だ」と主張し、相手の論客が、「君の言うことは分かったが、私と君との距離が縮まることはない」などと訳の分からないことを言い返していました。要するに、たじたじになってしまったのです。

    国際社会では、各国が戦争を行い、かつ、そのことが法的に処罰されたりすることのない状態が、むしろ正常なのです。いいかえれば、そうした裁判が、いかに異常であるかということです。

    では、軍国日本と、ナチス・ドイツが、同列に並べられる質のものでしょうか。ナチスへの非難は、ひとえにユダヤ人虐殺に向けられています。600万人といわれる一民族を、戦争という異常事態の、いわばドサクサに紛れて、抹殺したのです。これは、戦闘行為とは、全く別物です。これこそは、人類史上にかつて無い、いつの時代の誰が考えても、罰せられてしかるべき、最悪の行為でした。

    旧日本軍は、どうでしょう。戦争という異常事態ですら、他のどの国もやったことがないような、規模においても、程度においても、人類史上かつてない、そして未来にも起こりえないような恐るべき行為を行ったと言えるのでしょうか。

    日本人の将校や、兵士たちが、終戦後に戦争犯罪人として裁かれました。戦場という混乱した場面で、罪に該当する行為があったことは、否めないかもしれません。しかし、そこはそもそも戦場です。殺し合いの場です。

    逆に、国家自体は、そうした場であっても規律を重んじていました。事実、日本の陸軍刑法では、戦地の略奪、強姦は、無期または7年以上の懲役と定められており、昭和17年の刑法改正で、さらに厳しい取締が行われたようです。

    南京事件に直接関わった兵士たちの証言によれば、食物が不足し、緊迫した場合でも、一方的な強奪は、戒められていたということです。

    因みに南京大虐殺の証拠写真と言われるものは、東中野修道氏(米国西ワシントン大学客員教授、旧西ドイツハンブルク大学客員研究員を経て、亜細亜大学法学部法律学科教授)によってあらゆる写真が検証され、中国の国民党宣伝部が流布したことがわかったそうです。あったということの証拠として使われているものは、全て間違いだったとのことです。

    さらに当時、シカゴデイリーニュースとニューヨークタイムズが南京事件を報道しましたが、直後に入った外国人記者たちの手になる証拠写真というものは、一枚だに残されていないというのです。何も残していないということは、大虐殺の事実が無かったということを間接的に示すこととなります。

    また、人口の約20万人は、事件の前後でちっとも変わっていなかったことが、データとして残されているそうです。そもそも、30万人虐殺しようにも、それだけの人が存在していなかったのです。中国は、数に関して、非常に大雑把であり、一万人死のうが一億人死のうがどうってことない国だともいわれます。毛沢東自身が核開発の際に、何億人死のうがまだ何億人もいると言った、という話は有名です。

    日本兵が極悪非道であったという物語をアメリカが捏造し、日本を完膚無きまでに、叩き潰そうとしたのです。
    ならば自らは、悪を正し、正義を貫いているとでも言うのでしょうか。極悪非道と言う言葉をそっくりそのままアメリカにお返しし、その首謀者を、東京裁判の時同様に処刑すべきです。安穏と老後を過ごさせてはなりません。

    そして、子供たちに、日本が他国にまして倫理的に劣っていたというような刷り込みをし、近隣に対する贖罪の意識を植え付けるような教育をすることは、断じて取りやめるべきです。

    [ 2013年08月30日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    日本近・現代史を巨視的に捉える


    西尾幹二氏、曰く
    「『なぜ日本はアメリカとの戦争をしたのか』ではなく
    『なぜアメリカは日本と戦争をしたのか』を追究することが必要」。
    GHQ焚書図書開封】真夏の夜の自由談話「歴史と政治を峻別せよ」[桜H25/8/28]

    これは、難題でしょうか?いえ、極めてわかりやすいことのように思われるのですが・・・
    大雑把に、近・現代史をふり返って考えてみたいと思います。

    1840年~42年    アヘン戦争
    1853年       ペリー来日
    1868年       明治政府ができる
    1894年~95年    日清戦争
    1904年~05年    日露戦争
    1914年~18年    第一次世界大戦
    1919年       パリ講和会議で日本が、人種差別の撤廃を提案し否決される
    1941年~45年    第二次世界大戦
    1947年       パキスタン・インドがイギリスから独立
    1948年       大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国ができる
    1949年       中華人民共和国が成立
    1949年       インドネシア連邦共和国が成立
    1950年~53年   朝鮮戦争
    1952年       日本が主権を回復 エジプト革命
    1955年       アジア・アフリカ会議
    1960年       アフリカ17か国が独立

    高校時代でしたか、アヘン戦争について書かれた本を読んで、身の毛がよだつ思いをしたことがあります。白色人種が、自らの利益のためであれば、黄色人種に対して、言語道断としか言いようのない、虫けらを駆除するかのような仕打ちをすることに対してです。よくもまあ、どうして同じ人間に対してあんなことができるのか、ろくでなしとは、このことだ!・・・憤りやら嘆かわしさやらで、眠れないくらいのショックを受けました。

    明治の開国の時、日本は、どれほどの覚悟が必要だったことでしょう。あの大国、清がやられたくらいだから、何が何でも富国強兵に努め、欧米に対峙していかねばならない!!と。

    その結果、いろいろな要因があるとはいえ、日本の国力は、日清、日露両方の戦争で勝利をおさめるまでに強靭なものになっていったのです。それによって、日本は合法的に大陸へと進出していくことになります。

    時は欧米列強がアジア、アフリカへ触手を伸ばした帝国時代。日本も支配者側の仲間入りをしていくかに見えたのでしょう。

    しかも、ヨーロッパを中心に行われた第一次世界大戦では、、およそ一千万人の戦死者を出したとも言われますが、日本はさほどの被害を受けずに済みました。ドイツ=177万4千人、ロシア=170万人、アメリカ=12万6千人に対し、日本=3百人だったとされます。(アメリカ陸軍省調べ)

    その上大日本帝国は、こともあろうに国際会議において、人種差別の撤廃を各国に対して明確に主張します。一度であきらめず、二度までも。結果は賛成11票、反対5票でした。当時のアメリカ大統領ウィルソンは、「全会一致でないため、不成立」と宣言します。提案の否決によって、日本の新聞世論や政治団体は憤激し、国際連盟加入を見合わせるべきという強硬論も強まったのです。

    この時点で、欧米のいくつかの国が、アジアの一小国である日本を、見逃すはずがありません。徹底的に叩き潰す機会を虎視眈々と狙っていたに違いありません。日本は、好むと好まざるとに関わらず、戦争の場に引きずり出されたのです。

    日本にしてみれば、一応主権国家として認められてはいても、まだまだ欧米列強と対等には渡り合えるかどうか分からず、下手をすれば、他のアジア・アフリカ諸国のように、植民地にされないとも限りません。例外的に、かろうじて、独立国家としての地位を確保しているに過ぎませんでした。

    日本が歩んだのは、要するに、まず半主権国家として国際秩序に入り込み、しかる後に必死になって自らの地位を上昇させ、欧米と対等の主権国家たらんとする、極めて険しい道でした。日本国民の意識は、戦勝続きで高揚していましたが、日露戦争にしても、独力で得た勝利ではありませんでした。ですから敗戦国側は、いつか必ず目にものを見せてくれると、復讐の機会を狙っていました。

    そこで、日本は一つの目標を見出します。列強に一国で立ち向かうのは、いかにも危ういからです。むしろ欧米の国際秩序に虐げられている地域と連帯して、新しい秩序を形成する、という目標です。この流れが、第二次世界大戦期の「大東亜共栄圏」へとつながっていくのです。

    その結果、かつて人類史上どの戦争でも行われたことがない、アメリカの無差別攻撃にいくつもの都市がさらされ、核兵器の人体実験場となり、この上もない残虐な殺戮の現場に、日本の国土は成り果てたのでした。

    靖国神社の合祀者数は、大東亜戦争 213万3915人となっています。各国の人数は、資料によって大きく異なるのですが、日本の民間人も合わせた犠牲者数は、世界でも5番以内に入っていたようです。

    ソ連もまた、条約違反を平気でおかして、既に終戦を迎えている日本になお北方から攻め込みました。そして、捕虜を抑留し、領土を拡大します。

    かくして、欧米諸国の日本叩きは実現しますが、この戦争を機に、アジア・アフリカの各国は、独立を成し遂げました。そのことは、帝国主義の世界秩序を変革したという意味で、非常に重大です。しかしながら、欧米諸国にとっては、痛手となりました。

    日本は最後まで、アジアの独立を支援しました。では、日本自身はどうかといえば、主権回復は名ばかりで、日米地位協定下で、国土はアメリカの思いのままに利用され続け、つい最近まで、年次改革要望書によってがんじがらめに縛られ、お次はTPPで骨の髄まで搾り取られようとしています。

    アジア・アフリカ諸国を、植民地支配から解放する支援をし、国際秩序を向上させた結果、自らが、内実はアメリカの植民地となってしまっていたのでした。長年、そうとも知らず、多大な犠牲を払い続けているのです。

    また、西尾氏は、「今現在、諸外国(中国、韓国、ロシア、アメリカ、カナダ、オーストラリア)が、揃って歴史を持ちだして、日本を押さえ込もうとしている」とも言われました。

    これもまた、むべなるかな、というべきでしょう。日本人が、再び結束して国力増強に努めることのないように、GHQ時代から、新憲法や東京裁判史観を使ってコントロールしてきたはずなのに、このところ、あまりにも変化が激しいのですから。

    GHQ焚書図書が開封され、アメリカの正体が内からも外からもどんどん暴かれて、戦後70年近い、理不尽な手口に対して、そろそろ日本国民が、指をくわえて黙って見過ごすわけにはいかなくなってきています。

    「日本の正念場」とも言える時期が到来しています。今、何をどうすべきか、徐々に模索の輪が広がっていると感じます。

    これ以上アメリカの言いなりになってしまっては、祖先に申し訳が立ちません。子孫のためにもなりません。


    [ 2013年08月29日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    ブータン国王の日本礼賛


    「テレビが日本国民に伝えたくないブータン国王の演説 2011/11/17 」という記事を見つけました。このような他国からの礼賛は、ノーカットで国民全体が拝聴すべきものだと思います。

    その上で、身に余る部分は反省材料とし、共感できる部分は自信とすることです。大いに勇気づけられる内容なので、紹介します。


    《テレビの編集でカットされた部分をまとめたもの》

    「世界史において、かくも傑出し、重要性を持つ日本」

    ブータン国民は、常に日本に強い愛着の心を持ち、何十年もの間、偉大な日本の成功を心情的に分かち合ってきました」

    「日本は、当時外国の植民地であったアジアに自信とその進むべき道への自覚をもたらし、以降、日本のあとに続いて世界経済の最前線に躍り出た数多くのアジアの国々に希望を与えてきました」

    「日本は、過去においても、現代においても、世界のリーダーであり続けます」 

    「このグローバル化した世界において、日本は、技術と革新の力、勤勉さと責務、強固な伝統的な価値における模範であり、これまで以上にリーダーにふさわしいのです」

    「世界は、常に、日本のことを、大変な名誉と誇り、そして規律を重んじる国民、歴史に裏打ちされた誇り高き伝統を持つ国民、不屈の精神、断固たる決意、そして秀でることに願望を持って、何事にも取り組む国民、知行合一、兄弟愛や友人、ゆるぎない強さと気丈さを併せ持つ国民、であると認識してまいりました」

    「他の国であれば、国家を打ちのめし、国家を打ち砕き、無秩序、大混乱、そして悲嘆をもたらしたであろう事態に日本国民の皆様は、最悪の状況下でさえ、静かな尊厳、自信、規律、心の強さを以って、対処されました」 

    「文化、伝統、及び、価値にしっかりと根付いたこのような卓越した資質の組み合わせは我々の現代の世界で、他に(他の国で)、見出すことは、ほぼ不可能です」

    [ 2013年08月29日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    日本人としての誇りと自戒を


    アインシュタインの言葉とされる「尊い国 JAPAN」は、ひと目見るなり、いかにもわざとらしいと感じました。引用してみます。

    ーーーーー

    「近代日本の発達ほど世界を驚かしたものはない。その驚異的発展には他の国とちがったなにものかがなくてはならない。果たせるかなこの国の歴史がそれである。この長い歴史を通じて一系の天皇を戴いて来たという国体を持っていることが、それこそ今日の日本をあらしめたのである。

    私はいつもこの広い世界のどこかに、一ヶ所くらいはこのように尊い国がなくてはならないと考えてきた。なぜならば、世界は進むだけ進んでその間幾度も戦争を繰り返してきたが、最後には闘争に疲れる時が来るだろう。このとき人類は必ず真の平和を求めて世界の盟主を挙げなければならない時が来るに違いない。

    その世界の盟主こそは武力や金の力ではなく、あらゆる国の歴史を超越した、世界で最も古くかつ尊い家柄でなくてはならない。世界の文化はアジアに始まってアジアに帰る。それはアジアの高峰日本に立ち戻らねばならない。我々は神に感謝する。神が我々人類に日本という国を作って置いてくれたことである。

    ーーーーー

    調べてみると、どうやらこれは、19世紀のドイツの有名な国法学者シュタイン博士が海江田信義に語ったとされる言葉を紹介した、国体思想家・田中智学の著書「日本とは如何なる国ぞ」(1928年)がオリジナルのようです。

    しかも実は、これは田中智学自身の思想であり、「日本とは如何なる国ぞ」より以前の著書「天壌無窮」(1915年)に、大変よく似た内容の記述があるのです。

    中澤英雄氏によると、

    神武天皇の建国神話と日蓮の予言を結びつけた田中智学自身のこの思想を、シュタインの名を利用して「日本とは如何なる国ぞ」に記述した。

    この「シュタイン名義」の予言が、

    一、何者かによってアインシュタインにすりかえられた。
    ニ、名前の類似から、誤解されて流通した。

    この二つの仮説のいずれかによって、「アインシュタインの予言」となったのであろうとのことです。

    インターネット上には、様々な立場の情報が溢れていますから、鵜呑みにすることなく、主体的な判断をしながら、取り入れなければなりません。

    あまりにも極端な、一方的な情報は、警戒する必要があります。自画自賛が過ぎるなら、ちょっと保留にして、検討した方がいいでしょう。

    [ 2013年08月29日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    「誠実」過ぎたるは、猶及ばざるがごとし


    過ちを謙虚に認めるというより、あたかも罪を認めること自体が立派であるかのごとき、思い込みによる、浅薄な、ひとりよがりの「誠実」。これは、祖先の尊い理想と犠牲を汚すことになる、ということをしっかり認識し、憂慮すべきです。同時に、恩を仇で返すような国に対しては、断固として厳しい姿勢で臨み、支援を打ち切る方向で対処すべきです。

    「戦争中日本の軍隊が、インドネシア人に日本式のお辞儀を強制したから、日本兵の態度が粗暴であった」、と反省する日本人。特にイスラム教では神にしかお辞儀しないのに、と。

    一方で、オランダがやったことは、「愚民政策をとり、教育は基本的に禁止。武力反乱を恐れて、数人の行列行進さえも禁止。独立運動家はすべてニューギニアなどの島に流刑、または死刑。イスラム教を弾圧し、キリスト教を広めた。」などの、暴行続き。

    しかも、1945年8月17日、インドネシアのスカルノが独立宣言を発表したにもかかわらず、オランダはこれを認めず、再進駐。1949年12月の停戦までの4年間にわたる戦争で、80万人の戦死者を出したのです。オランダ軍は豊富な近代的な武器を持ち、インドネシア側は日本軍から渡された小銃などが4万丁に過ぎなかった、ということですから、どちらの犠牲が大きかったかは、明らかです。

    それなのに、オランダは和平交渉の場で、虐殺を謝罪するどころか4年間の戦費をインドネシアに請求、1949年の最終的な和平交渉の場でもオランダインドネシア政府の財政赤字も、すべてインドネシアが支払うよう要求したというのです。

    日本は1945年の敗戦後、連合軍の目を盗み、インドネシア側に武器・弾薬を渡し、独立運動を支援しました。約2000名に上る日本兵士がインドネシアに止まり、イギリス・オランダとの独立戦争に参加して指導を行い、約半数が命を落としたのです。(日本会議の資料による)

    ようやく終戦を迎え、どれほど祖国に帰って平穏な生活に戻りたかったことかと想像すると、涙が出そうになります。このときの生存兵が、何か書き残したドキュメンタリーがあるなら、読んでみたいものだと思います。

    このような歴史を知ると、インドネシアの人々が、日本人に親愛の情を持ち、国民がこぞって日本語の歌を愛唱するというのも肯けることです。

    そして、このことから考えても、日本人が、中国、朝鮮、東南アジアで、自国の利益のみを追求していたのではないということがよく分かります。欧米諸国の、アジアの豊かさを収奪する植民地政策と、日本の東アジア進出とは、目的が大きく異なっていました。

    教育と産業の振興に努めたり、インフラを整備したり、却って自国民の税金を投入してまで本腰を入れた支援をする姿勢は、今も昔も変わらないといえるでしょう。

    「過ぎたるは、猶(なお)及ばざるがごとし」を肝に銘じたいと思います。

    [ 2013年08月28日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    「心の友」を日本でも流行らせましょう


    五輪真弓の「心の友」が、インドネシアでは最も有名で、皆が日本語で口ずさむ曲であることは、前にもブログで紹介しました。偶々ラジオでそのことを知り、知人のインドネシア人に確かめたところ、やや興奮気味に同意したので、私もCDを買って覚え、一緒に歌った、というお話です。

    今回、ふとした思いつきで、インドネシアの画像を少し、紹介しました。そういえば、「心の友」については、自分の体験談で終わらせてしまったけれど、誰か他の人も何か書いているのでは?と気になって調べたところ、やはり、ありました!

    インドネシアでは知らない人はいない「心の友」 五輪真弓
    (日本人はほとんど知らない?)・・・という記事です。

    一部抜粋させていただきます。

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    インドネシアに駐在された方が、現地の宴会でこの曲を歌ってくれとリクエストされるので、曲を覚えて歌うことが日本人としての務めになります。駐在する皆さん、覚えましょうね!

    1982年に日本のコンサートで「心の友」を聞いた現地のラジオ局の人がインドネシアで放送したところ、1985年に大ヒットになったというのがきっかけです。

    1986年、五輪真弓がジャカルタのコンベンション・センターでリサイタルを行った時には、数万人が押しかける程の熱狂だったのです。

    五輪真弓は、2004年12月のスマトラ沖地震のチャリテイー・コンサートとしてインドネシアを再訪問。2005年8月に「Kokoro no tomo」のCDを出しました。ガムランの演奏を間奏に取り入れるなど、よりインドネシアらしい曲になっています。

    ーーーーー

    この方は、わざわざワンクリックで聞けるようなセットまでしてくださっています。また、「デロンが歌うインドネシア語での心の歌」というのも紹介されています。イケメンの顔写真付きです。クリックすると、インドネシア語の美声が聞こえ、それが途中から、日本語に変わります。起伏のあるメロディーラインですから、思わず、ぐっと胸に迫ります。

    http://sky.geocities.jp/kaltimjp/kokoro.htm


    老若男女が皆、日本語で歌っていると、ラジオでは紹介されていました。まさに第2国歌ですよね。このことを多くの日本人が知らないまま過ごしてしまっているのは、勿体ないと思われませんか。

    ♪旅に疲れたとき ただ 心の友と 私を呼んで♪
    ♪貴方が弱い時 ただ心の友と 私を呼んで♪
    こんなフレーズを「心の友」として、励まし合って生きているインドネシアの人々。

    赤道直下の、総人口2億3千~4千万の国です。日本と同じく、地震や津波の影響を受けやすい、島国です。

    インドネシア人はほとんど例外なく、目が大きいのですが、私の知人も、一緒にこの歌を歌ったとき、瞳がきらきら輝いていました。この日本語の歌を当たり前のように歌い慣れて、本場に来てみたら誰一人知らなかったので、最初はショックだったそうです。

    「恋人よ」を皆で口ずさむわけにはいきませんが、「心の友」なら、いいと思います。日本でも第2国歌にして、この歌を東南アジアの人々との友好のかけ橋にするのはどうでしょう。

    [ 2013年08月28日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(-)

    10年前のインドネシア(ジョグジャカルタ)


    ジャカルタから夜行列車でジョグジャカルタへ。

    日本人の女性がやっている、とってもオシャレなホテルに泊まりました。不思議の国のアリスの世界です。バスルームの岩壁が極彩色なのにはびっくり!

    アジア有数の仏教遺跡であるボロブドゥールでは、若者たちとの出会いに恵まれました。インドネシア人の大学生の一行と話したり、偶然出会った日本人とドイツ人の青年たちと仲良くなって計4人でランチをとったり・・・

    夜、屋外劇場で行われるラーマーヤナ(古代インドの大長編叙事詩)舞踊劇は、ガムランの演奏と相まって、神秘的でした。


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    キリスト教、イスラム教、仏教が、平和的に共存しているように思いました。数日の滞在でしたが、懐かしい場所です。

    その後、大地震でこの地域は、大きな被害を受けたはずです。今は、復興していることを願います。


    [ 2013年08月28日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(-)

    インドネシアの統治


    とても詳しいインドネシア統治の歴史資料が見つかりました。記述内容の正否については、不明な面もありますが、参考にはなると思います。特にオランダと日本の統治のあり方を比較する上では有効です。



    「日本会議」より              平成20年10月11日

    歴史

    ●オランダ300年の統治

    ①強制栽培制度=19世紀、耕地面積の5分の1はコーヒー茶などオランダ向けの生産物を強制的に栽培させた。このため、多くの村が崩壊し、食料自給体制は解体、餓死者が続出し平均寿命は35歳にまで低下した。が、オランダが得た利益は実に国家予算の3分の1を占めた。例えば、ジャワ・マドゥラ地方の人口の半分に当たる400万人が強制栽培に従事させられる。稲作の減少による米価の高騰を招き、1850年には強制栽培に凶作が重なり飢饉が起こり、ドゥマックの村は人口が33万6000人から12万にゴロボガン村では人口8万9500人が9000人に減少。

    ②天然資源の開発のため、インド人、中国人を大量に苦人としてインドネシアに移住させ、この移民民族を経済・流通機構に利用したため、彼らがインドネシア人の上に立ち、インドネシア人を支配する階層が形成され、後の人種対立の原因を作った。

    ③オランダは大がかりにインドネシア人との混血児を作り、それを間接統治の官吏とした。行政官は混血児と華僑に任せ、インドネシア人の政治参加、行政参加はほとんど禁止した。

    ④オランダ政府は重税を課した上、華僑が高利貸となり200%の金利にインドネシア人は苦しみぬいた。

    ⑤分割統治のため、民族間の反目を煽り、部族抗争を激化させた。東チモールは、ポ/レトガルの植民地で住民がキリスト教徒となったため、イスラム教のインドネシア人との対立が生まれた。

    ⑥愚民政策をとり、教育は基本的に禁止。20世紀になって、世界の批判を受けて初等教育(3年間)だけは実施したが、学校に通えたのは僅か数%。さらに上級学校へ進学する者に対しては、オランダ語を強制した。大学卒業のインドネシア人は年に10人程度。

    ⑦住民に武力反乱を起こさせないように青年の体育、団体訓練は禁止し、数人の行列行進さえも禁止した。

    ⑧住民の集会は一切禁止し独立運動家はすべてニューギニアなどの島に流刑、または死刑にした。

    ⑨国旗掲揚、国歌斉唱はもちろん禁止(注、当時は正式、には国旗・国歌は決定していないが民族旗・歌があった)

    ⑩インドネシア人のほとんどが信仰しているイスラム教を弾圧し、キリスト教を広めた。

    《オランダの戦後の動向≫

    ⑪1945年8月17日、インドネシアのスカルノは独立宣言を発表したが、オランダはこれを認めず、再進駐。

    ⑫この結果、1949年12月の停戦までの4年間にわたる戦争で、80万人の戦死者を出した。これはオランダ軍は豊富な近代的な武器を持ち、イ側は日本軍から渡された小銃などが4万丁に過ぎなかったためで、「独立戦争は竹槍と戦車の戦争であった」と言われている。

    ⑬オランダは和平交渉の場で、虐殺を謝罪するどころか4年間の戦費をインドネシアに請求、1949年の最終的な和平交渉の場でもオランダ領インドネシア政府の財政赤字もすべてインドネシアが支払うよう要求した。

    ●日本3年半の統治

    ①国旗掲揚・国歌斉唱を許可(これは1カ月後取り消したが、昭和19年独立許容とともに認可)。

    ②民族運動の指導者(スカルノ・ハッタなど)を釈放し民族統一に向けた全国遊説を許可する。

    ③6年間の初等教育を実施し、校庭も作り体育を重視。あわせてインドネシア人の教師養成のための師範学校も設置した。

    ④農業、漁業、造船、工業、医学などの専門、訓練学校を設置し、僅か3年半で当時600人しかいなかった知識人(国家エリート)を最終的に10万人育成した。

    ⑤ジャワに中央参議院(最高諮問機関)、各地に州参議院を設置し、インドネシア人を積極的に高級官僚に登用、行政能力を培った。

    ⑥250を越える言語のなかからジャワを中心に使われていたムラユ語を統一、インドネシア語に定め、新聞やラジオ・映画、学校教育などで普及した結果、インドネシア民族の行動の統一、感情の統一が図られた。

    ⑦稲作農業の指導に力を入れ、食料自給体制の確立を図つた。

    ⑧100万人の青年団、150万人の警防団、婦人隊、学徒隊、隣組などを作りインドネシア住民の組織化を図り、インドネシア民族の団結心を涵養した。

    ⑨祖国防衛義勇軍(PETA)を創設し、インドネシア人に軍事訓練を与え、インドネシア人による初めての軍隊を作った。これは後の連合軍との独立戦争の指導的役割を果たし、又インドネシア国軍創設の立役者となった。

    ⑲プートラ運動やジャワ奉公会運動で、インドネシアのナショナリズムを高揚させ、独立・敢闘精神を植え付けた。

    ⑪独立運動を推進するインドネシアの青年団(アンカタン・ムダ)を支援し、その全国大会を開催させ、青年による独立運動を促した。

    ⑫イスラム教を重視した。とりわけ、当時分裂していたイスラム教の団体を統合(マシュミ)、さらに初等教育や軍隊教育でもイスラム教を重視した。

    ⑬[敗戦後]連合軍の目を盗みインドネシア側に大量の武器・弾薬を渡し独立運動を支援する。

    ⑭[敗戦後]約2000名に上る日本兵士がインドネシアに止まり、イギリス・オランダとの独立戦争に参加し戦争指導を行い、約1000名が戦死する。

    《日本軍の問題点≫

    ⑮戦争遂行のため、石油資源ばかりでなく食料供出を強制したため、戦争末期には住民が飢えに苦しんだ。

    ⑱タイ・ビルマ間の鉄道敷設のため、10万人に上る労務者をタイに送り、2万人近い犠牲者を出した。

    ⑰日本兵の態度が粗暴であった。特にイスラム教では神にしかお辞儀(礼)しないのにインドネシア人に日本式のお辞儀を強制した。



    http://www.nipponkaigi.org/opinion/archives/856

    [ 2013年08月28日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    10年前のインドネシア(ジャカルタ)


    十年ぶりに再度訪れたジャカルタは、大きく発展していました。高層ビルが増え、巨大なショッピングモールが造られていました。でも庶民の家はあまり変わりなく、リヤカーの移動式屋台も、路地でよく見かけました。スラムは見ませんでした。無くなったのだといいのですが・・・



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    ショッピングモールの中


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    上の写真の男性が弟です。(なんちゃって)


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    ショッピングモールの夜景

    かつてお世話になった日本人の大工さん(現地で家庭を持ち、頭領として活躍されていた方)を訪ねると、歓迎してくださり、旧交を温めることができました。雨漏り、停電の対応から、地元の人との家賃の交渉まで、日本人居住者のお世話を本当によくしてくださり、地域の皆から厚く信頼されている方でした。今もお元気でしょうか?



    [ 2013年08月27日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(-)

    20年前のインドネシア(ジャカルタ)


    うーんと若い頃?に、インドネシアで暮らしたことがあります。高層ビルとスラムのギャップ、毎朝4時にモスクから流れるコーラン、車に群がる物売りの子供たち、いつも山ほど食べられる果物(特にマンゴスチン)・・・


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    白亜の住まいは、十年後には、色とりどりの動物や花の絵が壁に描かれ、幼稚園に様変わりしていました。子供たちは、通りで遊んでいたので、ほっとしました。


    [ 2013年08月27日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    自国の戦争犯罪に対する態度


    敗戦国だから、という理由で日本は、アメリカに対しても、中国や韓国に対しても、莫大な支援金や賠償金を払い続けて、とっくの昔に半世紀を過ぎました。もう、いい加減、終止符を打っていいのではないでしょうか。国際法上も、未来永劫、謝罪と賠償を課せられているわけではないのですから。強気な日本の姿を、アピールしたいものです。

    先日(8月25日)「週間BS-TBS報道部」という番組で、江東区にある東京大空襲資料センターを取り上げていました。詳細については、また、後日触れたいと思いますが、その中で、少し気になることが、管理人の早乙女勝元氏によって話されました。

    B29の搭乗員だったアメリカ人と、戦後何らかの出会いがあり、毎年小切手を送ってもらわれたのだそうです。その人が、このセンターを訪問した際に、「これは反米的だ」と批判したというのです。東京大空襲の資料センターが、どうして反米的でないものになり得るでしょうか。ある程度、個人的には贖罪の自覚があるような人でさえも、国が加害者であることを相手から指摘され、断罪されることに対しては、抵抗を示したということです。

    さらに、もう一例紹介します。何度も取り上げている本ですが、歴史認識を考える際に、参考になることがいろいろと書かれていたので、今後も引用をすることがあると思います。『歴史教育を考えるー日本人は歴史を取り戻せるかー』(坂本多加雄著 1998年 PHP研究所)です。この中に次のような内容があります。

    同書が書かれる少し前に、オランダ人作家が、インドネシアの独立戦争で、オランダ人がナチスのユダヤ人虐殺に近い大量殺戮をしていた事実を、暴いたというのです。オランダ国内では囂々(ごうごう)たる非難と、それに対する弁護の論争が沸き起こり、作家本人にはすざまじい脅迫が絶えないという事態に至ったそうです。

    オランダは長年にわたり、戦地における自国の軍隊のおぞましさに対して、正面からの直視を回避してきたのです。本文から少し引用します。

    「イギリスと対抗していた十六世紀から十七世紀にかけてのオランダはともかく、この一世紀を見ればオランダはヨーロッパでも小国に過ぎない、その小国のプライドを支えていたのが、おそらく、アジアに植民地を持っているということだったのであろう。従って、植民地の解放戦争は、彼らにとって苦い思い出であった。」

    オランダ300年の統治は、強制労働に加え、インド人や中国人を大量に移住させて人種対立の原因をつくるなど、インドネシア人にとって、非常につらいものでした。それに反して、日本3年半の統治は、教育や産業の振興に力を入れ、インドネシアのナショナリズムを高揚させ、独立・敢闘精神を植えつけるものだったのです。(「日本会議」の記事より)

    オランダは、インドネシアに対して、長期間にわたる悪政と、戦争中の非道な仕打ちをしたことに、どのような謝罪と賠償をしたのでしょうか。
    自ら進んで加害者であることにこだわり続け、国際的にも貶められている現代の日本人は、祖先に対してある意味冒涜を犯しているのではないでしょうか。

    [ 2013年08月27日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    パン・ギムン国連事務総長の貧困な歴史認識


    安倍政権の、憲法改正の動きや歴史認識を批判する趣旨の発言をした、潘基文国連事務総長には、失望しました。

    「日本政府の政治指導者は、とても深い省察と国際的な未来を見通すビジョンが必要だ」「正しい歴史認識を持ってこそ、ほかの国々からも尊敬と信頼を受けるのではないか」と、日本政府を批判したというのです。〔フジテレビ系(FNN)8月26日(月)14時49分配信〕


    母国の韓国で、国連事務総長の立場で日本政府を非難した発言は、看過できないものです。それこそ逆に、ご本人の歴史や国際法についての認識が疑われますし、自分の発言の影響力を考慮する責任能力も疑われます。

    坂本多加雄氏の『歴史教育を考える』から、これに関連する箇所を引用します。

    ーーーーー

    日本は、戦後、究連合国との間でサンフランシスコ講話条約を、また、アジアの戦場となった地域の国々との間で個別に賠償の条約を結び、戦後処理に努めてきた。

    旧植民地であった韓国には、1965年の「日韓基本条約」において、日本側から無償3億ドル、有償2億ドルの供与を約束するとともに、財産・請求権が相互に解消された。

    また、中国の場合は、1972年の「日中共同声明」によって、中国は戦争による被害に関する賠償の請求権を放棄することを明らかにしている。

    (中略) 

    国家間の取り決めによって決着をつけるというのは、問題が際限なく継続しないための国際法上の約束事である。

    ーーーーー

    中国へはODAとして、これまで有償で約3兆3千億円、無償及び技術協力で約3300億円の支援をしてきました。しかも、世界第2位の経済大国になり、日本への挑発的、報復的行為がしばしば行われる大国に、現在もなお、貸付分を計算から外した無償援助と技術協力の贈与総額を合わせると、なんと年間3億ドル、約300億円もの支援を続けているというのです。特に、技術協力の2.86億ドル(約280億円)はベトナムの倍以上で、圧倒的なトップだそうです。(2013年3月)

    さらに、これまでも何度か書きましたが、中国から日本への研修員や留学生の受入の数は、2010年はなんと16万人でした。この膨大な数の留学生が、一人当たり月15万円(大学院生)の生活費に加え、入学金・授業料免除の恩恵を受けているのです。現在、日本への留学生数は約14万人で、その約70%を中国人が占めています。韓国からも大勢の留学生を受け入れて、支援しています。自国民の子弟以上に反日国の子弟を優遇するこの国は、おかしいと思われませんか。

    なおかつ、国際的に批判の的になって黙って引き下がるならば、「どあほう」ですよね。安倍首相の反論を期待すると同時に、支援の大幅な縮小をお願いしたいと思います。国内に税金の使い途はいくらでもあります。


    [ 2013年08月26日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    文明を絶やさないための糾弾


    「記憶とは、文明をつなぐかぼそい糸である。」オリバー・ストーン氏は、広島の夜、慰霊の灯籠にこう書きました。とても詩的な表現ですね。

    「なぜ歴史を書き残すのか・・・それは過ちを学び、正しい記憶を伝えるため。」
    もっと言えば、この姿勢を無くしたとき、人類は、文明を失い、滅亡するのです。

    その可能性は、年々加速度的に拡大していると言っても、過言ではありません。
    なぜなら、既に地球上の生物皆を何回も滅亡させるに十分な手段を手にしたまま、世界はますます混迷を極めているのですから。その上、利便性や快楽を追求し、より大きな欲望を充足しようとする結果、確実に環境を破壊し尽くしていっているのですから。

    「罪の意識を持てば、アメリカはもっと強い国になれたはず。」という言葉もありました。自己正当化、独善は、永遠に続けられるものではないのです。

    “強くあれ、弱みや甘さは、身を滅ぼす”というのが、アメリカの方針だと言います。米国民は平和主義者を嫌うのです。逃避していると見るのです。だから、好戦的であり、徹底的に殺戮することを厭わないのです。

    「アメリカは特別で、他国より優れているから、世界を支配する権利を持っている。
    ・・・このメンタリティーを問い直すことが、私たちの目的。」

    「愛する祖国が、どこで間違ってしまったのかを考えようとした。金と、軍事力の強化を求めたために、アメリカは酷い国になってしまった。」

    オリバー・ストーン氏とピーター・カズニック氏の言葉は、どれも本音で語られています。強い思いがこもっています。

    また、紹介された歴代大統領の演説の中にも、魂に響く言葉が、いくつかありました。正確に書き留めることはできませんでしたが、ルーズベルトやケネディーの演説は、世界が平和であるための、秘訣を的確に伝えるものです。

    「お互いに過剰反応をすることなく、相手の立場でものを考えるべきです。」
    「私たちの誰もが、家族や国を愛し、この地球上で、限りある命を生きているひとりの人間であることにかわりはないのです。」


    [ 2013年08月25日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    アメリカの生き方こそが、強者の独善


    「アメリカの歴史は間違いだった」「アメリカは、悪をくじき、善を広めてはいない」「それどころか、アメリカの戦争のやり方こそが犯罪に他ならない」・・・ピーター・カズニック氏とオリバーストーン氏は、これらの切実な認識を、もっと多くの人々と共有し、真の平和への足がかりをつくろうとされているのです。このことが、今回の来日で、一層はっきりとしました。

    ーーーーー

    カズニック氏:
    日本では、子どもたちが遠足や修学旅行などで広島・長崎を訪れ平和学習をするという伝統があるが、年々、訪問者数は減少傾向にある。しかし、それは日本だけの現象ではない。アメリカ・ワシントンD.C.にある「ホロコースト・ミュージアム」も同様だ。
    訪れる子どもたちへのショックを考慮するという理由で犠牲者の写真や資料などの展示が減らされているのだ。将来を担う子どもたちが過去の歴史を知ることはとても重要であり、この問題への対処は真剣に考えなければならない。

    ストーン氏:
    広島・長崎の資料館の充実ぶりには驚いた。あのような施設がアメリカにも必要だ。

    カズニック氏:
    アメリカには日米戦争についての資料館はほとんどない。オハイオ州・デイトンの空軍博物館に長崎に原爆を投下したB-29「ボックスカー」の機体と原爆のレプリカが展示してある程度だ。

    ーーーーー

    アメリカには、ホロコースト・ミュージアムがあって、原爆資料館がないのです。つまり、他者を断罪するも、自己の罪には目をつむっているのです。

    ストーン氏の発言を受けて、アメリカに原爆資料館を創設する可能性に、議論を深めることだってできたかもしれません。いきなり大統領は無理でも、原爆追悼式でのアメリカ政府からの、謝罪を求めることに言及してもよかったかもしれません。

    ところが、日本人は、折角の重要な申し出を、「そのお気持ちだけで充分です、有り難い、勿体ない」という具合に受け流してしまうのです。「どうせ無理無理」と最初から諦めているのです。「あのような施設がアメリカにも必要だ。」と明言したにもかかわらず、うやむやです。

    それどころか、「実は私どもだって、罪状の数々をお示しせねばなりません。お互い様です。日本は、被害者であると同時に、加害者でもあるのです。」とさらに輪をかけて、うやむやにします。論点がずれ、先に進みません。

    こんなことだから、常に外国からつけ込まれ、バカにされるのではないでしょうか。

    アメリカの若者の51%が、ベトナム戦争を行ったことに賛成、と答えたそうです。このことにお二人は非常な危機感を持ち、「歴史の真実を明らかにする努力を続けよう」と、日本人にも呼びかけられました。

    もっとできることがあるはずです。やらねばならないことがあるはずです。逆に、静観すべきこともあると思います。情勢を見て、相手を見て、賢明に対処すべきでしょう。

    [ 2013年08月25日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    クリスチャンの博愛主義があだとなる?


    オリバー・ストーン氏に、加害者としての日本の立場を知らしめ、バランスを取ろうとした勢力があったのでしょうか。そしてそれは、正確な情報だったのでしょうか。

    今回の来日で、ストーン氏は、「アメリカの戦争犯罪」を自分の目で実感することを目的に、広島、長崎、沖縄を訪問し、現地の被害者と交流を持ちました。

    その際に、どういう筋が誘導したものかは知りませんが、長崎の「岡まさはる記念長崎平和資料館」に立ち寄ったのです。

    牧師、長崎市議会議員、長崎・在日朝鮮人の人権を守る会の代表、忠魂碑訴訟の原告と、たくさんの顔を持っていた岡正治氏は、1994年に亡くなったのですが、その遺志を受け継いだ人々が造った私設の資料館のようです。

    〔戦争で日本軍が関わった「加害」に関する写真や証言など多くの展示があり非常に感銘を受けた。戦争中、シンガポールやベトナム、マレーシアなどアジア太平洋地域で日本軍が何をしたか。慰安婦の問題もあるし、中国や朝鮮の人たちを強制労働に駆り出したことも事実だ。〕・・・などのストーン氏のコメントが、同資料館のホームページにも載せられ、 昨夜のテレビ番組(BS1深夜)でも、報じられていました。

    追悼文集に寄せられた、岡氏の同志であり、現在資料館の理事長を務めている高實康稔氏(長崎大学教授)の文章を引用します。

    ーーーーー

    先生のキリスト教信仰は、周囲の人々の苦しみに向けられたばかりではなく、いわれなき差別に苦しむ在日韓国・朝鮮人や、放置されたままの外国人被爆者の救済へと先生を駆り立てました。また、差別と抑圧の根源として天皇制の本質を見抜き、天皇制を撃つ闘いに果敢に挑まれました。そこには祈りと実践、ことばと行動の見事な一致が見られます。先生の思想と実践がなければ、日本の加害責任の追及、政教分離の闘いは前進を阻まれたことでしょう。

    思想上の差異や多少の違和感の表明も当然のことながらありますが、批判を交えつつも先生の生き方には一様に敬服しておられます。無責任な日本、天皇制に毒された日本の現状を憂い、先生の活動が継承されることを望む方々にも感銘を受けます。困難な現状の分析のもとに、残された課題に取り組むことを自己の使命と自覚する誓いの文も少なくありません。先生によって蒔かれた種が、今、芽吹こうとしているのです。

    ーーーーー

    先日取り上げた、「南京大虐殺紀念館」の創設者、田邊誠氏も、ウキペディアの紹介文に、「 軍隊内では、熱心なクリスチャンであることを理由に、むごいいじめにあったという。」という一節がありました。

    宗教という枠組みを国家という枠組みより優先しすぎる一部の人々が、良かれと思って暴走しているように思えてなりません。

    歴史をどのように見て、未来をどのように築いていくべきなのでしょうか。弱者の立場に立って世界を見る生き方は、尊い反面、独善に陥る危険性が潜んでいることについても、深く考えねばなりません。

    [ 2013年08月25日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(-)

    日の丸、君が代すら 大切にできないなら・・・


    子供心に、誰でもすぐに描ける国旗を、すごい!と気に入っていました。
    長方形の白い紙と赤いクレヨン1本さえあれば、わずか数秒で描けます。あの国の国旗は、確かこうだったよね、とか考える必要はありません。あまりにもシンプルです。覚えやすさでは№1です。

    君が代は、さすがにすんなりと入ってはきませんでしたが、天皇は日本国の象徴でいらっしゃるから、その御代が代々に続くということは、私たち国民がいつまでも幸せに暮らすことだと、小学校の時に習いましたから、別に抵抗はありませんでした。メロディーが好きかといわれると積極的には頷けませんが、いかにも日本らしい音律ということからは、納得できました。

    この国に、生まれ育つ子供たちが、最初に知るのは、自分が日本人であり、日本がアジア大陸の東側にある島国であり、今覚えつつあるのは日本語である、というようなこと、そして国旗国歌にも出会うのです。


    戦後間もない頃のことは知りませんが、おそらくは昭和の後半くらいの時期はさほど問題になっていなかったのではないかと思います。家庭でも国民の祝日には、日の丸を掲げるのが習慣となっていました。学校でも、行事の度どころか、毎日朝礼で国旗と校旗の掲揚がありました。けれども、このような国を代表するものが、教育現場でひどい迫害を受けていた時期があります。

    例えば、式の度に扱い方をめぐって職員会議が開かれ、勤務時間を1時間も2時間も超えるほど延々と続き、ただでさえ忙しい教育現場が、恐ろしく疲弊していたと聞いたことがあります。

    ある学校では、体育祭で国旗を掲揚したからといって、代休あけの平日、教職員組合員が県全体から大挙してプラカードを手にその学校を包囲し、校長は吊し上げられ、定年を前に転職を余儀なくされたという話も知っています。生徒たちに与えた影響は、いかほどだったでしょうか。集英社が打ち切った『はだしのゲン』を救い、バックアップしたのがこの組合です。

    平成11年、広島県世羅高校の校長が、県教職員組合から卒業式における 国旗国歌の実施に激しく反対され、苦悩の末自殺する、というあまりにも惨い事件が起こりました。ここに及んで、ついに、国旗・国歌法が成立したのです。

    日本という国を存続させる以上、国家を代表するものとして、国際的な舞台でも使用される国旗・国歌を、大切にしたいと思います。過去を忘れずとも、視線を未来に向けようではありませんか。教育の場に混乱や闘争をもたらすことが、あってはなりません。


    [ 2013年08月25日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    映画「風たちぬ」に寄せて


    淡い感動でした。涙はこみ上げましたが、流れはしませんでした。
    けれども、完成した映画を見終わった後で、宮崎駿監督が号泣された、という記事を読んだときには、思わずもらい泣きしてしまいました。

    あらすじを紹介します。ご覧になっていない方も、サスペンスではないので、いわゆるネタバレを気にされなくてもいいかと思います。

    ひとりの頭脳明晰で、ひたすらまっすぐな少年が、風のような美しい飛行機をつくりたいと夢見るようになります。時は大正初期。彼は東京の大学へ進み(モデルである堀越二郎は、東京帝国大学工学部航空学科で研究)、関東大震災に遭います。
    その時、助けた少女、菜穂子と約十年後に軽井沢で再会し、恋に落ちて結婚。当時二郎は三菱で戦闘機を設計していました。菜穂子は結核を患っており、しばらくして二郎のもとを去ります。

    折しも昭和10年、その後日本はどんどん情勢が悪化し、二郎はついに、零式艦上戦闘機をつくることに成功します。彼は10年という持ち時間を、力を尽くして使い切りました。そして、彼の仕事は大勢の若者の命を奪い、日本をずたずたに破滅させることに寄与するものでした。

    軍事マニアであり、平和主義者でもある監督の自己矛盾が、何の解決も得られないまま、ひとりの実在の人物に託されていました。

    主人公の声は庵野秀明氏が担当。有り得ない棒読みが、計算抜きで主人公の人柄を印象深いものにしていました。妻、菜穂子は瀧本美織が、妹、加代は志田未来が、声を担当し、見事に瑞々しく演じきっていました。

    背景に描かれた目の覚めるような美しい日本の風景、昭和の街角、ドイツへの研修の様子も印象的でした。そして、最後は「堀越二郎 堀辰雄 に敬意を込めて 」という文字が映し出され、荒井由美の「ひこうき雲」をバックミュージックに幕を閉じます。悲しいことを、あくまでもあっけらかんとした明るい声で歌い上げるこの曲は、作品のしあげにぴったりだと思いました。

    日本の風土、文化、歴史、その中で生きた人々を、実写とは違う描き方で形にした、新しいジブリの世界でした。

    [ 2013年08月24日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    ヘイトスピーチは、愛国心欠如の表れ


    戦後教育の歪みを端的に示すものに、「“愛国心”という言葉の忌避」があります。
    「国を愛して何が悪い!」という声さえ、「また、同じ過ちを繰り返すのか!」という叱責にもみ消されてしまう有様です。

    2006年、第一次安倍内閣政権下で成立した新しい「教育基本法」でも、敢えてその言葉を避け、「伝統と文化の尊重、我が国と郷土を愛し、他国を尊重、国際社会の平和と発展に寄与」というフレーズが「教育の目的・理念」に入れられたのでした。

    一方で“クール・ジャパン”という言葉がこのところ随分もてはやされています。テレビ番組で、外国人に取材をさせて、日本の良さを再発見する、というものを何度か見ました。それなりに楽しめましたが、司会者の態度に対する拒絶反応を、正直なところ自覚せずにはいられませんでした。

    また、今回の第二次安倍政権では、成長戦略の中に、この“クール・ジャパン”を導入し、日本の良さを文化や製品でアピールして輸出を伸ばすことが企画されているようです。

    日本の伝統、文化、産物、産業、の見直しや再発見には大いに賛同しますが、ことさらに自慢したり、利益追求に目的を置く、というのは、ひとことで言って、鬱陶しい(うざい)。

    愛国心というのは、もっと揺るぎない、密やかな、深いもののように感じます。これは、じっくりと文化を継承し、歴史を民族の物語として共有し、産業発展のあるべき姿を学ぶ、確かな教育の成果として育っていくものではないでしょうか。

    学校をめぐる現状として、ニュースでよく取り上げられるのが、「いじめ」や「体罰」です。また、「不登校」や「引きこもり」という異変が看過できません。高校生の意識調査においても、米、中に比べ、「意欲が低い、自己肯定感が持てない、他人とのコミュニケーションがうまくできない」生徒が増えているといいます。

    そして、ネット上で問題になっているのが、他者への中傷、誹謗、他国へのヘイトスピーチ。これは、自信がないことの裏返しではないでしょうか。自分になにがしかの愛国心がなければ、他者の愛国心も想像できないのでしょう。

    「われわれに歴史意識が希薄になり、日本において愛国心が消滅しつつあるということは、他国の歴史意識について鈍感で、他国の愛国心を気付かないままに、足蹴にしている恐れがあるということではないだろうか。」と坂本多加雄氏も述べておられます。(『歴史教育を考える』PHP新書)


    [ 2013年08月24日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    キリスト教の危険性と真実


    聖書物語は、史実ではありません。信仰を通しての真実です。人々の心の中にある、人智では計り知れない世界への恐怖や、魂の救いを希求する気持ちが、結実したものなのでしょう。

    しかしながら、唯一絶対の神、全知全能の神を信じるために、排他的にならざるを得ません。寛容とは相容れないのです。あなただけ(きみだけ)を愛します、と言いつつ、あの人も、この人もいいんじゃない?と気を散らすようでは、純粋な愛とは言えません。

    しかも、我こそは、神に選ばれた特別な存在である、という選民思想からも、自画自賛や他者蔑視の気持ちが生まれます。神を味方につけてしまった自意識は、何をしでかすか分かったものではありません。まかり間違えば、我こそが神の化身とさえ、信じかねないのですから。超ポジティブに生きることとなります。

    また、神があくまでも主体であり、人間は、愛される、あるいは許される、あるいは選ばれる、受け身の存在として意識の中に位置づけられます。超ネガティブな生き方というより他ないでしょう。

    さらに極めつけは、そもそもエデンの園で神の命に背いた人間は楽園から追放された罪深い存在である、という原罪思想が出発点となります。言葉を替えれば、性悪説が、根底にあるのです。ますますネガティブな生き方に結びつきそうです。

    けれども、神は、そのような人間を無条件で許し、愛してくださったのです。キリストはその愛を示すためにこの世に下って、人間の姿となり、人間の手によって十字架の苦しみを受け、命を与えてくださったのです。これが人間の救いです。彼こそが救い主なのです。愛されている、しかも神から・・・超ポジティブに生きる力となります。

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    クリスチャンの生き方の中でも、最も典型的な崇高な生き方として、小説などでも取り上げられ、人々の感動をよぶのが、「他人のために己の命さえも投げ出すほど大きな愛はない」という愛の教えの実践です。

    あるいは、「右の頬を打たれたら、左の頬も出しなさい」という無限の寛容です。

    性に関しては、「たとえ実際には行動を起こさなくても、心で思っただけで、姦淫を犯したことになる」という、極限のプラトニックな生き方が求められます。

    ーーーーー

    このように、思いつくままに書いてみるだけで、大変矛盾に満ちた、厳しい、ペシミスティックな、そしてオプティミスティックな生き方のように思えます。

    なぜ、この教えが、ユダヤ、ローマ、ヨーロッパ、アメリカやロシア、アジアやアフリカへと広まり、多くの善行を生み出すと同時に、多くの虐待や殺戮を生み出してきたのでしょうか。

    これからも、この物語が、何億という人々の心の支えとなり続けるのでしょうか。

    未来の予測は出来ませんが、少なくとも過去において、この物語が、人類の歴史を形作る上で、それこそ計り知れない強大な影響力を与えたことは、真実です。

    [ 2013年08月24日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    国民共有の物語、例えばアメリカの場合


    アメリカ合衆国は、歴史のない国だと言われますが、実はそうではないのです。常に歴史を振り返る催し物が行われ、至る所に歴史モニュメントがあり、そして歴史教育が盛んなのです。では、彼らが行う歴史教育の一端を紹介しましょう。

    Thanksgiving Day(感謝祭)は、とても有名ですよね。National Holiday(アメリカ合衆国の祝祭日)のひとつです。大きな七面鳥の丸焼き、マッシュポテトとグレービーソース、オレンジ色のサツマイモの料理、さやいんげんのキャセロール、アップルパイやパンプキンパイを囲んで、たくさんの親族や友人が集まる、大規模な食事会を開きます。

    ピルグリムと呼ばれる入植者の一団が、イギリスから現在のマサチューセッツ州のプリマスに宗教的自由を求めて移住して来たのが、アメリカ人の祖先です。本国から持ってきた種子などで農耕を始めたところ、現地の土壌に合わず飢饉による餓死者まで出ました。その時、アメリカ先住民の助けにより危機を脱したので、その感謝を表す目的で1621年に先住民を招いて収穫を祝う宴会を開いたということです。宴会は3日間続き、入植者53人と先住民90人が参加したとも言われます。

    このくだりは確か、中学か高校の英語の教科書に出ていたような・・・
    それにしても最初の感謝祭は、年号や人数まで記され、ものすごくリアルですね。
    では、歴史上の本当の出来事(史実)はいかに?

    ーーーーー

    1492年(「意欲に燃えてコロンブス」と高校の世界史で覚えました)、コロンブスがアメリカにやってきた際に、当時アメリカ大陸内では存在しなかったヨーロッパからのインフルエンザ菌、その他の病原体を運び込んだ。

    1620年にピルグリムファーザーズがアメリカ大陸に来た時点で、それに対する抵抗力が無かったニューイングランド周辺にいたインディアンのうち、約90%は病気により死亡していた。

    無人状態となったインディアン達の住居や日用品を使うことで厳しい冬を過ごす事ができたという。インディアン達が彼らに食料や毛皮のジャケットなどを提供、両者の間に友好関係があったとされるという事実は確認されているとは言いがたい。

    事実とは異なった話が一般になっている背景には、マサチューセッツ植民地の統治者ウィンスロップがアメリカにはインディアンとの間の戦争や虐殺、略奪という暗い歴史しか無いので、「明るい話を広めよう」と物語をつくったとも言われている。

    実は、18世紀と19世紀の長い期間、感謝祭は忘れられた存在であった。この忘れられた伝統を復活させ、新たな役割を与えたのは、第16代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンであった。

    父と息子が南軍・北軍に別れて互いに戦うほど悲惨であった南北戦争の終結後、彼は国内の融和を図り、国家としての団結を取り戻すために、感謝祭を連邦休日と定め、家族の集いを奨励した。

    この試みは成功し、感謝祭は単なる「大型連休」以上に、遠く離れた家族・親戚が再会して絆を深め合うアメリカの伝統として根付いている。

    子供たちも小学校低学年から、建国以前の入植者たちの困難とそれを助けた先住民の逸話に基づく感謝祭の意義を学ぶ。      (ウィキペディアより)

    ーーーーー

    ~このように、一国の歴史教育においては、史実以上に自己(自国)肯定感を生む物語であることの方が優先されるのです。

    [ 2013年08月23日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    教育を軽んじるなかれ


    「ダメじゃん!」と子供に思わせるか、「かっこいい!」と思わせるか・・・

    親でも、国でも、自分で選ぶことが出来ないのは同じ。たまたま生まれ落ちた場所で、不可避のものとして出会った頼るしかない相手が、誇れる対象であるか、恥ずべき対象であるかは、子供の成長に計り知れない影響をもたらすことでしょう。

    ここ数日論争の的となった『はだしのゲン』ですが、例によって対処は穏便な方向で落ち着いたようですね。かえって関心が高まり、読む人(子供)が増えるかもしれません。

    私も情報を収集しながらそれなりに考えましたが、日本がまた醜態を晒してしまったことに対して、がっくりきました。対外的にも、国内においても。

    考えようによっては、これまでほとんど気付くこともなく、有害物質をまき散らしていたことに、ようやく気付いただけでも、進歩だったのでしょう。今後は、不用意に拡大されることはなくなるでしょうし、予め要注意箇所を指摘することも、出来るようになりました。

    ただここで、もう一度確認しておきたいのは、戦後の教育現場が、いかに誤った方向に子供たちを導いていたか、ということです。『ゲン』に限りません。自国の根幹にあるものを示すことなく、タブララサ(白紙)状態の子供たちに、自国の悪しき面を、その真偽を確証することもなく、安易にインプリンティング(刷り込み)してきたか。

    「近代国家において最も大切だったのは、物語の共有だ」と、坂本多加雄氏は『歴史教育を考えるー日本人は歴史を取り戻せるかー』の中で述べておられます。

    民族性、言語、宗教といった要素も大切ですが、それは1国家1つとは限らないので、決定的なものにはならないというのです。しかしながら、その国家の建国の歴史、歩んできた道程、今後何を目指すのかといった、「来し方」「行く末」を共有しないならば、国家としての存続が危ういということです。

    徹頭徹尾善なる人、善なる国などというものはないのですから、過ちや欠点も許容するしかありません。けれども、親の過ちを子や孫の代まで償うとか、親自身が自信喪失で、周囲からも蔑まれているとか、このような場合、ちょっと勘弁して・・・と言いたくなりますよね。

    祖先の歴史を知ることによって、様々な困難や失敗を経て生き抜いてきた姿に学び、尊敬の念を持ち、明日を生きる力を得るようでありたいし、子孫にそれを伝えられるようでありたいと思いませんか。

    日本人は、そのような歴史を持たないのでしょうか。


    [ 2013年08月23日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    原爆追悼式でアメリカからの謝罪を!


    広島・長崎合同で、オリンピック開催地の誘致を!という計画があり、長年努力をしていましたが、結局頓挫してしまいました。世界中の人々が、未曾有の規模で被爆地を訪れる機会をつくることを、目的にしたものだったのだろうと思います。

    被爆の実相に触れてもらうことも確かに大切ですが、本来、私たち日本人が是非とも成し遂げないといけないのは、被爆者に対するアメリカからの謝罪を引き出すことだと思います。

    いつか日米安保にメスを入れないと、集団的自衛権すら脅威になります。歴史をふり返れば、アメリカの指導者が、血も涙もないということは、疑う余地がありません。

    日本が敢えてリスクを犯す勇気を持ち得ないなら、永遠にアメリカの奴隷となるより他ありません。虫けら同然に扱われた過去を自ら容認していることとなります。いくらお金をばらまいても、国際社会での正当な地位を得られないままとなるでしょう。

    被爆者の生存者がいらっしゃる間に、そしてアメリカ側の首謀者に近い立場の人が存命の間に、これは、何としてもやり遂げなければなりません。本当は戦後間もない時期にアメリカの方から謝罪を申し出てしかるべきでした。指導者たちに、真の信仰や良心があるのならば・・・

    けれどもそれは、残念ながら無い物ねだりでした。ならば、年々明らかになってきた、戦争原因や、戦争の展開や、終戦時の状況を踏まえて、日本は理論的にアメリカに迫り、国際法の下にこのことを突きつけるべきです。

    「原爆投下は戦争犯罪であることを明確にする」・・・このことこそが、日本人のアメリカに対する権利でもあり、被爆者に対する義務でもあり、国際社会に対する使命でもあります。

    要するに、アメリカは、原爆追悼式典謝罪の意を示し、核廃絶に向けての努力を誓うべきなのです。

    それが実現できて初めて、式典会場に据えられている慰霊碑の言葉「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」に、参列者たちは共感できるのです。現状のままであれば、多くの人々が、口には出さないまでも違和感を抱いているはずです。

    毎年式典が、しめやかに行われるにもかかわらず、何か緊張感に欠けるもの、あるいはひとりよがりと見なされる向きもあります。その原因は、被害者側のみが一生懸命被害状況を訴え、平和を誓うのが恒例化しているからではないでしょうか。加害者側からの謝罪も誓いもなく、核廃絶への展望も持てないまま、いたずらに月日が流れるからではないでしょうか。

    諦めず、自由意志を持つ独立国を目指しましょう。



    [ 2013年08月23日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    大将、『ゲン』を熟読されたこと、ありまっか?


    夜の外出から帰ってみると、あさましくもむくつけき重大情報がコメントに寄せられていました。思わず、絶句!

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    はだしのゲンで核軍縮訴え 外務省、NPT会議で配布

    ウィーンで30日から始まる核拡散防止条約(NPT)再検討会議の準備委員会で、日本政府代表団が広島の被爆体験を描いた漫画「はだしのゲン」の英語版を会場内で展示、配布することになった。  

    大の漫画ファンで知られる麻生太郎外相の肝いりで実現、原爆の悲惨さを生々しく描写した漫画で核軍縮を訴える。  

    はだしのゲン」は広島に投下された原爆で父、姉、弟を失い、自らも被爆した少年ゲンが母親、妹とともに懸命に生きていく姿を描いた物語で、米国はじめ各国で出版されている。


    外務省が英語版30冊を出版社から譲り受けた。同省は「各国政府、非政府組織(NGO)関係者にぜひ手に取って読んでほしい」とPR。今後も国際会議などの場で漫画やアニメを使った情報発信を検討しており、「漫画外交」が活発に展開されそうだ。

    2007/04/29 07:08 【共同通信】
    ーーーーー

    今後情勢は、『ゲン』にとって不利な方向に傾きそうです。

    おそらく前にも書いたとおり、連載がストップになっていた時に日教組の雑誌に拾ってもらった恩もあり、中沢氏は、彼らが喜ぶ内容を意図的に盛り込んだものとみられます。

    残念ながら、確かな国家観を持たない人であったことが、ようやく明らかになったのですね。

    これまで、知名度のわりには、熱心な読者が少なかったのでしょう。麻生氏も外務省の方々も熟読し、吟味されていないと思われます。・・・そう信じたいと思います。

    竹島問題を抱え、隣国と対峙して、日本の歴史認識に真剣に向き合う松江市だからこそ、こうした問題提起が出来たのでしょう。

    ですが、私としては、あくまで全否定はしたくないのです。遺族の了解の元、問題部分を削除し、改定する、というのは無理でしょうか?学校図書からは撤去かなあ?


    ~それにしても、日本がどれだけ平和か、日本人のガードがどれだけ甘いか、改めて反省させられました。世界で通用する、天然キャラ、おばかキャラを出せといえば・・・自嘲できるうちが花かも・・・


    [ 2013年08月23日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    原爆は「アメリカの戦争犯罪」だ!


    裁かれるべきは、アメリカです。硫黄島での戦闘行為における犠牲と広島・長崎で行われた人体実験(戦争犯罪)の犠牲を、分けて考えるべきなのです。「戦争の犠牲者」と一括りにしてはなりません。

    また、ナチスのユダヤ人抹殺は、戦争犯罪ではありません。民族抹殺という人類史上最悪の犯罪であり、アンネ・フランクは「戦争の犠牲者」ではありません。

    日本人は、これまでこうした区別をしっかりつけてこなかったと思います。

    過去のブログにも書いてきましたし、オリバーストーン氏をはじめ多くの識者が指摘するとおり、アメリカは戦争終結の手段として原爆を使ったわけではありません。ソビエトへの牽制とともに、折角造った二種類の新型爆弾の威力を試すため、それぞれを日本の適当な都市に落として、その直後現地調査を行ったのです。

    10(テン)フィート運動をご存知でしょうか。アメリカ国立公文書館に眠っていた核被害を記録したカラー映画フィルムを、10フィートを 1単位に市民からのカンパにより日本に戻そうという市民運動です。

    そのフィルムを1990年代でしたか、見た覚えがあります。今でも放映されているのでしょうか。最近見たテレビ番組で、日系アメリカ人たちがその時の調査に協力させられ、耐え難い地獄の様相であったことを証言していました。調査団のアメリカ兵たちは、日本に向かうときには意気揚々としていたのに、帰りは誰もが意気消沈して言葉を失っていた、とも語られていました。

    そもそも、1945年6月26日に サンフランシスコにおいて調印された国連憲章には、集団安全保障体制が敷かれ、自衛のためにやむを得ず行使する武力以外の武力行使は禁じられたのです。ところが、その制定後に原爆は投下されました。自国の兵士の命を守るため、などという詭弁とともに。

    この、原爆投下という「20世紀最悪の戦争犯罪」が、罰せられることなく、逆に被害を受けた側が罰せられるという矛盾がまかり通ったために、アメリカは、その後重大な勘違いをし、虐殺に次ぐ虐殺を繰り返すのです。朝鮮、ベトナム、中東・・・

    ブッシュのアフガニスタン侵攻にせよイラク侵攻にせよ、アルカイダ(テロ組織)とは無関係なのに、自己満足を得たいがために戦争を仕掛け、多くの犠牲者をこともなげに出し続けます。これは原爆投下についての糾弾が国際的な規模でなされることのないままになっているため、アメリカの指導者の精神が破綻した結果と言わねばなりません。

    ブッシュが、教会で信仰を語る場面を見ると、この世に神など在るものか、という気持ちになります。少なくとも、今後ブッシュが安寧に老後を送るのであれば・・・トルーマンは老後半身不随の憂き目を見たそうですが・・・

    オバマも恐るべき口先男であり、自国、いえ自分の支持母体の利益のみを追究しています。無人機の大量使用などという卑怯なマネを許せますか?武器輸出で国を潤す、しかもごく一握りの階層を。そんな国が何で「世界の警察」などと、高飛車に出るのでしょう?


    これまでも何度も反米を唱えてきましたが、それは他でもない、これ以上アメリカ帝国の片棒を担ぎ、地球滅亡を加速したくないからです。

    [ 2013年08月22日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    多数決ではラチがあかない『はだしのゲン』


    閲覧禁止などではなく、「発行禁止」にすべきーーーとまで主張する人もいる『はだしのゲン』。でも、もう手遅れです。後の祭りです。世界中から回収するわけにもいきません。

    また、インターネットで「意識調査」も行われ、閲覧禁止に賛成か、反対か、分からない、のうち、大多数が「反対」でした。でも、これで一件落着、これまで通り自由に読めばいい、とはいきません。

    憲法の「表現の自由」を持ち出す人もいます。しかしながら、何でもありで無秩序を放置した結果、この国の姿が見えなくなっているのが現状です。若者たちの意識調査を見ても、「国のために働きたい」とする回答は、他国と比べ群を抜いて少ないという実情があります。

    今回の『はだしのゲン』論争を契機に、「皇室について」、「アジアへの日本の関与(戦争前、戦時中、終戦後)について」、国民全体で真剣に向き合うべきだと考えます。

    実は私もグロテスクな印象を与える画が好きではなかったため、本気で読もうという気になれなかった者の一人です。他にも語り部さんのお話、書物、映画など、原爆を知る手段はいろいろありましたし。

    けれども、広く大勢の人々に原爆の恐ろしさをを認識してもらうために、有効な作品だとは思ってきました。『夕凪の街 桜の国』(こうの史代作)は、被爆して生き延びた女性の10年後の姿を描いたものですし、『はだしのゲン』に代わる、原爆をテーマにしたマンガが思い当たりません。

    だからこそ、読み継いでいきたいからこそ、何とか出来ないものか、悩むのです。

    被爆の実情とそこからはい上がり、生き抜く姿は、作者中沢さんの実体験に基づくものですから、貴重だと思います。それでも作者自身、インタビューで述べておられる通り、「私は実際、被爆者の方々をあまりリアルには描写していない」「当時、本当に幽霊のような格好をした人間が歩いていたんだ」「僕が見たものをそのまま描いたら、もうヘドが出ると思う」というのが実相だったのです。

    問題は、日本兵がアジアでどのような虐待をしたかを、視覚にまで訴える形で描いていますが、それは何に基づいて描いたのかということです。取材ノートなどが遺品の中にないのでしょうか。一説には、確証を持たないまま、どこからかの伝聞に脚色して描いた、ともいわれています。

    そうではない、こんなに取材を重ね、検討を重ねて、どうしても描かざるを得なかったのだ、と言えるのでしたら、それを公表していただきたいものです。

    また、「原爆投下、戦争の最高の責任者は天皇だ!」という強い発言について、読者の中には、小学生の頃、本当なのか?と考えながら読んだ記憶を語る人もいます。
    記憶力と感受性の強い小・中学生に、何の解説もなしに与えてよいものではなかったのですね。今までそうしてきたのだから、は全く理由になりません。

    むしろ、矛先はアメリカに向けてほしかったのです。最低でも、今後発行される場合があるとしたら、「これは一個人の考え方であり、偏ったものです。」という注釈がほしいですね。

    歴史的には、「少年ジャンプ」の集英社で、週刊誌として連載され、その後、単行本化されたようです。1979年頃から日本社会党が日本共産党を排除する動きを見せるようになり、原水禁運動の当事者たちと論を同じくする『はだしのゲン』は打ち切りとなった時期もあるようです。その後、日教組の機関紙『教育評論』で連載が続行したというのです。日教組によって学校図書に広く浸透することとなったのです。

    できるだけ冷静な議論をし、できるならば改訂版を出していただきたいものです。中沢氏の奥様が、テレビのインタビューに答えて、「この期に及んで、残念だ。主人が生きていたら何というか」と嘆いておられましたが、作者自身からの弁明が聞けないのは本当に残念です。

    だからといって、生きている者の手で、善処することが、閉ざされてしまったワケではありません。外国からの回収は不可能ですが、今後は改訂版しか出さない方針を固めて、働きかけること、そして国民の歴史教育を徹底することが望まれます。

    [ 2013年08月22日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    『はだしのゲン』は後の祭り、でも対策を!


    実は、部分的にしか読んだことがなかったんです。そして、被爆の実情を知るのに格好の手段だと思いこんでいました。文字だけよりも、リアルな画を伴う方がインパクトがあり、悲惨極まりない焼け跡から立ち上がり、仲間と共に力強く成長する主人公の姿が読者に感動を与え、「原爆許すまじ!!」という共感を生むからです。

    先日、テレビの特集番組も見ました。「現在、英語やロシア語などに翻訳され、世界20か国で出版されています。発行部数は、国内外で1,000万部以上にのぼり、今もファンを増やし続けています。」と紹介されていました。

    核開発をめぐって、国際社会からその動向が注目されるイランにも、広島に留学しているイラン人が翻訳して、紹介したところ、内容に衝撃を受け、原爆の悲惨さを広めようという人たちも出てきたそうです。

    原爆を投下したアメリカでも、小学校から大学まで2,000以上の学校で教材として使われ、『はだしのゲン』は共感を呼んでいるそうです。原爆を、戦争終結に導いた「平和の爆弾」という受け止めから、悲惨な現実をもたらす「悪」として強烈に印象づけることに役立っていました。


    これまで「二度とこの悲劇を繰り返してはいけない」というメッセージを伝える偉大な遺産だと手放しで信じていました。
    ところが・・・

    今回問題になっているのは、次に取り上げた箇所のようです。

    ①戦争の責任は天皇にありとし、「最高の責任者天皇」「君が代なんかクソクラエ」という暴言を登場人物が吐いている。

    原爆が戦争の終結を導いたという立場を取り、「原爆の惨状なしには、戦争狂いの天皇や指導者は、完全に負けと分かっている戦争を止めず、日本民族は滅びていた」としている。

    ③ゲンの母親が、強制連行されてきた朝鮮人やシナ人の悲惨な境遇について語る。

    ④実際はシナ人がやった残虐行為(首をおもしろ半分に切り落とす、縛り付けて銃剣術の的にする、妊婦の腹を切り裂いて中の赤ん坊を引っ張り出す、女性の性器の中に一升瓶をたたきこんで骨盤をくだいて殺す)を日本軍が行ったと、画に説明という形でグロテスクに表している。

    ⑤さらに「わしゃ日本が三光作戦という 殺しつくし 奪いつくし 焼きつくすで ありとあらゆる残酷なことを同じアジア人にやっていた事実を知ったときはヘドが出たわい」「その数千万人の人間の命を平気でとることを許した天皇をわしゃ許さんわい」「いまだに戦争責任をとらずに ふんぞりかえっとる天皇を わしゃ許さんわいっ」と作者自身の考えを登場人物の口をかりて言わせている。

    作者の中沢啓治氏が、存命であれば、問題の箇所を削除願いたいところですが、昨年逝去されたので、それもできないのでしょうか。いずれにせよ、世界中に上記の部分も含んだ全巻が出回っているのだと思います。

    小中学生に有害、ということにとどまらない、部分的には最悪の問題図書であったことを、この期に及んで知り、後の祭りと非常に悔やまれます。

    広島市の松井一実市長も、広島県の湯崎英彦知事も「制限する必要があるのか」「理解を助ける指導があるのは望ましいことだが、だからといって(閲覧を)制限するというものでもないし、大人がいないと読んじゃいけないというものでもない」とコメントされているようです。

    「あまり神経質になる必要はない」とごまかしたりせずに、これを機会に、不適切部分を今後どう扱うか、国民的議論にして、歴史認識を大きく変革する必要があると考えます。


    [ 2013年08月22日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    国会議員会館訪問


    衆参両議院会館を訪問しました。参院選前で、ご本人はいらっしゃいませんでしたが、秘書の方々が、快く対応してくださり、質問にも答えてくださいました。入館に際しては、身体チェック、身分証明のチェックはありましたが、誰でも気軽に国会議員室に訪問できます。



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    [ 2013年08月20日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)
    プロフィール

    satukihime

    Author:satukihime

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