熟女の繰言

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    高等学校離退任式の挨拶に思う


    伝統と進学実績を誇る、某高等学校の離退任式に、教職員でも保護者でもありませんが関係者として参列しました。わずか1年の臨時採用の方もあれば、10年にも及ぶ勤務年数の方もありました。たまたま離退任者が多い年だったこともあり、十数名の挨拶がありました。

    まず、どなたも大変内向きな発言ばかりなのに、半ば呆れてしまいました。「時間を大切に」「親友をつくろう」「この学校を充分に活用しよう」「優しく強くあれ」・・・等々。最後の場面で、生徒たちに言い残す言葉としては、あまりにも物足りない気がしました。

    もっと視野を広く持って、生徒たちの自覚を促すような問題提起ができないものかと思いました。あるいは現代的な問題を取り上げてこれからの時代を担う生徒たちの困難に共感し、強くたくましくしなやかに生き抜くための、生涯心に残るエールを送ることもできるのではないか・・・日本人として何を大切に守り、何を変えていかなければならないかを一般論として上手く伝えることもできるのではないか・・・などと考えながら、少々歯がゆい思いで、皆さんの挨拶を拝聴しました。

    更に言えば、生徒たちに向かう教師の姿勢が、いわゆる「先生」とは思えない頼りないものだったことが、残念に思われました。「いちばん嬉しかったのは、みんなが成長する姿を見たときだ」という発言には、シンパシーが持てましたが、「みんなにパワーをもらった」「生徒の皆さんに勇気づけられた」「○○で県大会に連れて行ってくれてありがとう」「このようないい生徒たちに恵まれた私は幸せ者でした」などの発言は、言っている側にとっては率直な感想かもしれませんが、客観的に聴くと、ちょっと気持ちにそぐわないものがありました。

    学校という社会は、(上記のような進学校であれば特に)競争で成り立っています。生徒間も、教師間も、絶え間ない競争で、相当なストレスを感じざるを得ません。また、現代の教師は、評価する側というよりもむしろ評価される側のほうにウエイトがあるとも言えるでしょう。生徒からは授業評価のアンケートに無記名で好き放題書かれますし、勤務内容について詳細な自己評価を書かされる上、管理職からの厳しいチェックを受けなければなりません。

    教師と生徒間も、性的な問題への警戒も強く、プライベイトな繋がりが可能なかぎり排除されます。かつては教職員に住所録が配られ、全校生徒の住所や電話番号を知ることができましたが、個人情報は極力漏らさない方針で進められます。在校中、卒業してからも、クラス担任でもない限り、うかうか連絡などできません。

    かつての教師は、曲がりなりにも「先生」と呼ばれるだけで、たとえ陰ではあだ名で呼ばれようとも、一定の尊敬と信頼を受けているという自己認識が保たれていたのではないでしょうか。ところが、現代の教師は、生徒と自分をほとんど同列に位置づけて、それに甘んじているように思えます。中には、「こんな未熟な自分についてきてくれてありがとう」と言って憚らない教師、「僕は泣き虫なんです」とわざわざ宣言して生徒の前ですすり上げた教師もいました。

    学校という閉ざされた狭い世界で、時間に追われ、ノルマに追われ、尊敬と信頼は前提ではなく、成果を挙げることによって勝ち取らねばならない目標であり、しかも昨今では、比較的短期間での転勤を強いられる教師たち。これでは卒業後のクラス会とか同窓会とかが人生で何度か開かれる、というようなことがなくなりはしないかと危ぶまれます。先生を囲んで旧交を温めるというようなことがまったく行われなくなったら、どんなに社会が殺伐としてしまうことでしょう。皆さんはどう思われますか?






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    [ 2014年03月31日 ] カテゴリ:エッセイ | TB(0) | CM(4)

    「通り」だか「道路」だか、マサカの「マッカーサー」=あり得ない感覚!!


    外出先でちらっと見かけたNHKの番組ニュースウォッチ9で、キャスターがしきりに「マッカーサー」を連発していました。画面の左上にも「マッカーサー」の文字が・・・

    都道環状2号線を誰が名付けたものか「マッカーサー通り」とも呼ぶようですね。石原慎太郎氏が、この名前に異議を唱え、公募の結果「新虎通り(しんとらとおり)」と改名したのではなかったのですか?

    下記URLには、

    http://matome.naver.jp/odai/2138026157865294001


    東京都はさらに「マッカーサー道路」からのイメージアップを計画!

    "「環状第二号線(新橋~虎ノ門)地上部道路愛称名選考委員会※」が広く募集しておりました環状第二号線(新橋~虎ノ門)地上部道路の愛称名を、以下のとおり決定いたしました"

    新虎通り(しんとらとおり)”と決定!

    さらに虎ノ門ヒルズに入るホテルも決まる。

    "「マッカーサー道路」の上に建設する超高層ビルに入るホテルが決まった。
    ハイアット・ホテルズが手掛ける「アンダーズ東京」で、2014年夏に開業する。"



    などと出ており、両方が混在している様子。


    ウィキペディアには

    日本の敗戦後、日本占領軍の一部隊・アメリカ軍が駐日アメリカ合衆国大使館から竹芝桟橋に至る幅100mの大道路を計画しているとの誤解がなされ、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の最高司令官ダグラス・マッカーサーの名前から「(幻の)マッカーサー道路」としばしば俗称されてきたが、これは歴史的な事実に照らして全くの誤用であった。

    実際には後藤新平らによって策定された帝都復興計画において、この区間と全く同一のルートを通る都市計画道路が計画されていたが、帝国議会などの反対によって計画が廃止されている。(後略)


    と説明されており、「マッカーサー道路」は誤用だと明記されています。

    皆さんは、このような通りの名前を平気の平左で使う気になれますか?東京は米国の無差別攻撃によって、焦土と化したのですよね。あれは国際法違反の許し難い行為です。よりにもよってその地に造る道路に、よくもまあ旧敵国の占領軍最高司令官の名前を、つける気になるなあと思われませんか?インターネット上でも、まだこの名称がまかり通っている様子です。
    本当にこれ、どうにかなりませんか?情けなくなります。悲しくなります。
    気分が悪くなります。日本の将来が絶望的に思えてきます。

    二度と誰一人、口にしてほしくないネーミングです。





    [ 2014年03月27日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(3)

    岡田武史監督の本音トークと「日中共生」という難題


    偶々途中から見たテレビ番組で、岡田武史サッカー監督の本音トークを興味深く聴きました。中国でプロチームの監督を2年間務めて帰国されたのです。特に印象に残ったことを、忘れないうちに書き記しておきたいと思います。

    監督が中国に渡られたのは、反日デモが非常に激しい頃だったそうです。「もしも日本が中国大陸に在ったなら、すでに絶滅していると思った」という言葉が、まず強く響きました。

    ある時、デモ隊と思しき群衆の中をバスが通っているとき、ストップをかけられ、ひやっとされたのだそうです。バスから降りるように言われて、恐る恐る降りて行かれると、取り巻いたのはサポーターで、あたりの人たち皆がハッピーバースデーをコーラスしてくれたというのです。折しもそれは、監督のお誕生日だったのです。

    中国では、日本以上にコネの力が大きく、必ずしも実力社会とはいえないというようなことも言われていました。だから若者たちも、自ずと利害得失を計算して、人と接するようになってしまうというのです。それを少し残念がっておられるようでした。

    監督は当初、「自分の壁を乗り越えてやろう」と思って、中国へ行かれたのだそうです。けれどもしだいに、選手とサポーターを喜ばせるために働くべきだと感じるようになられたそうです。音楽や、スポーツは、国境をこえた人と人との繋がりができるとおっしゃいます。また、中国へ行くのは、自分たちの世代ではなく、若者たちの世代、次の世代の未来のためだ、という言葉にも、実感がこもっていました。

    中国BBSにも岡田監督を絶賛する記事が載せられています。

    okada.jpg


    http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2013&d=0719&f=national_0719_058.shtml


    このようなお話を聴いて、なるほど!、と共感したい気持ちは山々なのです。私も若い頃は私も「共生」という言葉に強く惹かれ、「これこそ人類が目指すべき目標だ」と心を奮い立たせたものです。

    けれども、現代において、東アジアの各国が共生するというのは、極めて困難だと思います。北海道でPM2.5の警戒警報が出されたそうです。このままだと共生どころか日本も共に壊滅してしまいます。

    PM 2.5でも恐ろしい疾患をもたらすというのに、PM0.5などという更に粒子の細かいものまで排出しているのです。しかも燃やしている石炭にはウランが含まれているため、放射能汚染が進み、環境破壊が即人体を徹底的に破壊するのです。

    日本が次の世代も生き延びようとするなら、まず中国に環境破壊をやめさせるよう働きかけなければなりません。スポーツや芸術を通して国境をこえて人と人とがふれあい、成長することのすばらしさを次世代に伝えることは確かに素晴らしいと思います。でもまずはその前提に、目を向けないと!!我々自身の命が彼の国から、待ったなしで脅かされているのが現実なのですから・・・。






    [ 2014年03月27日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    米国が仕組んだウクライナ情勢!?いよいよ脱日米同盟か?


    「混迷の時代」などと言葉で表しながらも、とりあえず明日の暮らしを案じるほどでもなし、まあ何とかなるさ・・・おおかたの日本人は、そんな感覚だと思います。私もそうです。それでも、「日米韓の会談に北が抗議してミサイルを日本海に撃ち込んでいる」などと聞くと、ちょぴり心配になったりとか、「力によるロシアの支配を糾弾して米国&EUが抗議し、安倍首相がそれに同調して発言している」のをテレビで聞きながら、中立の立場をとるというような選択肢は日本にはないのかもしれないな、でも本当にそれが正しいのだろうか?と首をかしげたりしています。

    ツイッターで内海聡氏が石垣稔氏の記事を紹介しているのを読みました。またしても、米国(ユダヤ)の裏工作で、分裂や混乱を引き起こそうとしているのか・・・全面的に信じていいものかどうかわからないまでも、新たな視点が与えられました。ソチオリンピックが無事成功し、引き続きソチでのG8首脳会談が行われ、という流れを食い止める力が働いたのかもしれないとも思い、残念にさえ思えます。ですから、この記事を読まれていない方もいらっしゃると思い、ブログに取り上げることとしました。こうしたことが事実ならば、日米同盟に基盤をおいての「集団的自衛権」なんてとんでもないことだとは思われませんか?


    石垣 稔(いしがき みのる)
    危機情報分析家・危機回避アドバイザー。株式会社地域情報計画研究所 代表取締役(東京都世田谷区)


    2014.03.22執筆記事(石垣稔氏の記事より)
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    *チェルノブイリで再び起きた事故の裏側から見えること
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    ウクライナのチェルノブイリ原発で、再び事故が発生したとのニュースが駆け巡っています。事故は変圧器火災で、そのためにすべての作業を緊急停止したことが伝えられています。

    ▽チェルノブイリ原発で再び事故(ロシアの声)
    http://japanese.ruvr.ru/news/2014_03_19/269873019/

    この事故には、何かしらの背景があると考えるのが自然です。現在のウクライナ情勢は「情報戦」の情況を呈しています。この情報戦は、いかに人々を欺き、国際世論を味方につけるか(ロシア包囲網の形成)、ということが焦点です。

    ▼造られたウクライナ情勢

    ウクライナ情勢を知る上で、難しい政治や歴史的背景は必要ありません。これは「かの国」がロシアに仕掛けている戦争です。その国の国務次官補で、昨今有名な某女史がいますが、この女史は、昨年12月3日の記者会見で「ウクライナの扇動にアメリカは50億ドル“投資した”」と発言しています。また、女史は政治工作を進める中で、「くそくらえEU」発言を含む秘密通話を盗聴(露諜報部)され。暴露されています。この内容があまりに不適切であったため、女史は EU へ謝罪しています。

    この女史は、2012年8月20日のシリア、アレッポで殉職した山本美香さんについて、「私たちは遺族に思いを寄せている」コメントしていますが、以上のことからも思いを寄せているのは「謀略」であることが窺(うかが)い知れます。

    このように、時間をかけて育て上げた暴力集団(ネオナチ)による反露市民デモ(2/17 キエフ)が功を奏し、ウクライナのクーデターに成功しましたが、ロシアはこれを事前に察知し、素早い行動を取ることで、かの国に追随していた EU 諸国も及び腰になってきました(有事には石油と天然ガスをロシアが遮断することに気付いた)。


    ▼工作と嘘が蔓延(はびこ)るウクライナ

    今回の情況に至るまで、この「情況を造りだした投資国」は、捏造事件を繰り返しています。代表的な以下の2つの事件は、これを理由としたロシアへの経済措置に繋がっています。これは世界各国で繰り返されている手法とすべて同様です。

    ▽クリミア半島の空港に突入した米海軍特殊部隊がロシア正規軍と交戦、全滅(3/3) → 交戦した事実はなく、すべてが捏造であることが明らかになっていますが、かの国は、ロシアへの経済措置を発動(3/6)しました。

    ▽クリミアの軍基地襲撃事件で2名死亡(3/18) → 狙撃犯はロシア兵ではなくウクライナ側のスナイパー2名と判明。うち1名は身柄拘束されています。自国の兵士を自国のスナイパーに撃たせる自作自演が明るみ(3/19)になりましたが、かの国はロシアへの追加制裁措置を発動(3/20)しています。

    他にも様々な造られた事件、事故が多発(特にキエフ)していますが、「経済制裁措置の発動」ということに結び付けられたこの2つの「自作自演」の「明らかな事実」を見れば、そこに「正義」など微塵もないことは明らかです。

    「嘘も言い続ければ事実となる」というのが、彼らの理屈です。


    ▼タイミング良く発生した原発事故とその目的

    さて、ここで原発事故です。
    現在のウクライナは、国勢が2分されています。チェルノブイリ、キエフを含む北西地域(親 EU )と、オデッサ、ハリコフ、クリミア半島を含む南東地域(親露)です。今回の「情況を造りだした投資国」は、最小目標として、ウクライナを分割することを目論んでいます。

    ですが、情勢的には次第に不利になってきているのは必定で、他の追加要素がある方が有利となります。その追加要素となるのは、国連軍の派遣や、国連決議による介入です。

    チェルノブイリでの事故が手を付けられない情況となれば、「これは世界環境に関わる問題だ」などとして、国連決議で「治安維持を含む問題解決のための手助け」という介入が可能となります。一般的な警察の捜査方法でおなじみの「別件逮捕」と同様の仕掛けです。勿論、EU の裏側にいる国、国連軍の実態は、「かの国」であることも言うまでもありません。

    実は、事故が起きてトクをするのは、この「情況を造りだした投資国」なのです。世界で起こる物事には「すべて」理由があります。理由のない物事は報道されません。これが世界の紛れもない実情です。


    ▼この事故から得られること

    今回の事故が本当の事故なのか、演出された事故なのか、これは明らかになっている事実からでも読み取れる話ですが、現地では、心ある方々(親露)が、沈静化のために最大限の努力を行っている模様です。現在のところ、これ以上の拡大はないと思われます。

    こうした事象は、事態の推移を見守っていっても(傍観者でいても)結果がわかる話かも知れませんが、事態が起こってからでは遅いこともあるのです。これは今の日本も同様です。起きてから気付いても遅いのです。

    「気付く(≒ 知る)」ことで終わらず、行動する人間が増えれば増えるほど、悪意を持つ作為的な仕掛けがしにくくなります。古き良き日本は、正にそうした社会でした。誰が見ていなくても「お天道さま(太陽でなく、天地を司る神々)」が見ているという意識が、平和な社会を築いていたのです。

    平和とは、それを正しく理解する人間が多く存在することで成り立ちます。
    理解し、行動すること、それが平和の礎(いしずえ)のひとつです。



    [ 2014年03月26日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    中国をめぐるキーワード


    この討論も、ざっと聴くつもりだったのですが、宮崎氏がフリップボードを用意して来られたことと、やたら人数が出てくるため、どうしても何度かストップをかけざるを得ませんでした。一部のみの報告となりますが、ずっしり聴き応えのある内容であったことはおわかりいただけるでしょう。公共放送で、このような内容を流していただきたいものです。


    【討論!】中国はいったいどうなっているのか?

    [桜H26/3/15]

    http://www.youtube.com/watch?v=-3_D0RtaVuY&list=PLubSbhcjV7IBeskbKnpJJVo8qAzEolv-T


    パネリスト:
     有本香(ジャーナリスト)
     川村純彦(川村研究所代表・岡崎研究 所副理事長・元海将補)
     相馬勝(国際ジャーナリスト)
     永山英樹(台湾研究フォーラム会長)
     坂東忠信(元刑事・一般社団法人全国犯罪啓蒙推進機構理事)
     宮崎正弘(作家・評論家)
     鳴霞(月刊「中国」編集長)
    司会:水島総


    今、中国は末期症状としかいえないくらいアブナイ。周辺諸国のみならず世界各国にとってアブナイ存在であると同時に、自国内もメチャメチャボロボロである。

    (水島)

    党内闘争の激化
    PM2,5をはじめとする環境問題
    軍部の乱れ



    (宮崎)
    【連続する国内テロ】は社会騒擾(そうじょう)〔=集団で騒ぎを起こし、社会の秩序を乱すこと〕の予兆・・・予兆と言うよりすでに騒擾状態なのでは?

    共産党が呼号する〔=威勢を示すために大げさに言いたてること〕
    「愛国の正体」
         
    ①愛国者は外国車(ベンツなど)に乗っている
    ②子弟を欧米へ留学させる
    ③人民元より外貨、金(キン)を好む
    ④海外へカネとともに逃げる


    「呼号」に④は???ま、①からしてジョークですが・・・


    【大量出国】現在公式統計で930万人が出国した。実態はこの2倍であろう、2千万は散っている、これが海外のそこら中で問題を起こしている。
    たとえば遥かフィンランドで、中華料理屋があちこちにできている。北海道の札幌がアブナイ。チャイナタウンの準備中だ。彼ら出国者は、軍事的脅威 崩壊の脅威に備えている。

    カナダ、オーストラリアも悲鳴をあげている。
    イギリスでは中国人に対して不動産の不買運動が起きている。
    彼らはウクライナルート(マフィアが組んでいる)でヨーロッパに流れている。


    (有本)
    中国に近い将来残るものは、バカと貧乏人と【環境汚染】
    ①テロ・・・ 容疑者についての情報があまりにも少ない→ウイグル人ではない(「ウイグル人だ」と一旦は言い、物的証拠で匂わせているがその後は明言しないし、第一犯行声明が出ていない。)
    ②経済が傾いている→標的を作る→日本人がアブナイ
    ③周辺国の変化・・・香港で反中、タイでも反中、「中国人は来ないでくれ」といっている。
    中国の現政権は厳しい。おかしなことが起きている 果たしてどこから仕掛けられているんだろう。

    (jeffyuutaさんから、「なんで、保守さまは、ウォール街とシナ共産党や商売に精を出す人民解放軍の関係を報道しないんですか?下手したらコイツラ、日支で紛争を起こさせて、新たな飯の種を稼ごうとしているんとちゃいまんの?どうせ自分らは国境超えて逃げれるだけの資金あるんだから?」・・・というコメントがありました。)


    (相馬)最近中国へ行って、PM2.5で喉をやられた。辛い。中国へ行くのは命懸け。見渡す限り曇っている。100メートル先が見えない。


    (鳴霞=メイカ)ウランの入った石炭を燃やしている・・・放射能汚染が進んでいる。お金持ちはみんな逃げている。日本人は、北京、上海で5万人、全国で14万人いる。ウラン入りの石炭を燃やして、今年9年になる。
    海外メディアは報道しているのに、日本では報道していない。もっと言わなければ・・・
    しかも石炭を地下6百メートル掘って、あちこちで地盤沈下が起きている。

    空気で年間150万人が亡くなった。肺がん、胃がん、大腸がん、・・・
    中国人8億以上の人が汚い水を飲んでいる。
    地下水もきれいなところがない。チベットに少しきれいな水があるくらい。

    北京は今人間が住めない状態。700万人が移住しなければならない。
    これから黄砂が酷くなる・・・
    中国社会全体が、環境で崩れる。

    一人っ子政策が緩められたがみんな生みたくない。土、水の酷さ。
    お米 大豆も食べられない。
    13億人が病気だらけでどうなるのか。16億人中3億人が、肝炎。
    エイズ患者も多い。

    (有本)農村部も水不足。

    (水島)北海道と沖縄が狙われている。

    (宮崎)原発も、あの技術だと必ず事故が起きる。黒煙が上がったこともあった。
     偏西風が来たら、日本に来る。

    (メイカ)内モンゴルに入って調査しなければ、人類は数年後に全滅しますよ。

    (宮崎)中国側もよくわかっている。中央政府、民間企業を通じて、この5年間で日本円に直して28兆円を投じると言っている。けれども、楽観ができない。本気で取り組むとは思えない。


    (川村)党が軍を掌握しているとは言えない。党は、予算をつけるから頑張れというばかり。軍には、韓国経由の情報が行っているが、自分の実力を知らない。尖閣上陸、あるいは 空での事件をきっかけに何かを起こすかも。軍事行動ではない形で。

    (宮崎)フィリピンの現状から考えると、尖閣が間もなくそうなるという日程表が出てくる。

    ・・・つまり、中国は近々何らかの方法で、尖閣の実効支配に踏み切るのでは?と予想されていました。アメリカは抑止力が弱まっている。オバマ政権は弱腰であるばかりか、中国に接近している。「オバマは、アジアをどうしたいのか」という問いに対して、「オバマはアジアどころか、アメリカをどうしたいのかもわかっていない人だ」という言葉まで聴かれました。メイカ氏が、オバマの実の弟が中国人と結婚して、焼き肉屋さんを開いていると言われたのは、本当でしょうか?韓国も中国寄りになっている中で、日本は極めて危険だという認識が語られました。


    (川村)台湾と日本は運命共同体。

    (永山)習 近平が統一という言葉は使わなかったが、日台分離を言っている。中共のアピールは抗日。
    馬英九は、今、高校教科書の書き換えを進めている。台湾の歴史教科書で、反日洗脳教育をしようとし始めている。

    (相馬)馬英九があと2年間で歴史に名を残そうとしている。急進的な統一をはちゃめちゃにやっている。

    (川村)台湾国民は絶対に統一はイヤ。だが、台湾の独立(半独立?)を認めている国は22しか無い。★日本がこれをやらなければ!日本が行動を示す時に来ている。このままだと台湾の人たちが孤独感に陥って、統一の方向に行ってしまうかもしれない。

    ーーーーーーー

    以前、日本が中国に対して、やるべきことと、やってはいけないことをまとめたことがありました。今回もこの討論に関連してまとめると、


    《やるべきこと》
    政府やメディアの立場からは、ここに書いたような実態を正確に把握し、日本国民に知らせる。国民の立場からすると、中国の政治・経済・人権・環境の実態を、知ろうと努めること。まずはここからでしょう。知れば、自ずと、今後どうしなければいけないかが見えてくるはずです。

    中国の危険性は、もはや人類を数年後に滅ぼすかもしれない段階に達しているというのです。尖閣の実効支配を阻止すること、中国大陸から日本人が引き揚げること、中国からの移民を抑止すること、台湾を支援し中国との併合を阻止すること、人権や環境に対して無責任な中国政府を批判し、是正に向けて要求を突きつけることです。

    《やってはならないこと》
    安易な資金援助、これだけはしてはなりません。




    [ 2014年03月24日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    朝鮮半島をめぐるキーワード


    チャンネル桜の討論番組を見ながら、文字起こしに近い形で丁寧に記録を取ることも何度かありました。最近時間的な余裕が無くなって来たため、これはと思ったキーワードをメモしながらストップをかけずに流し、3時間番組に5時間近くかけるのをやめました。・・・ということで、詳細な記録に基づいた漏れのないものではなく、特に印象に残った点についての報告です。



    ◆朝鮮半島はいったいどうなっているのか?

    公開日: 2014/03/08

    http://www.youtube.com/watch?v=YYtCPNmoN58&list=PLubSbhcjV7IAYdi1O0c2DEt27pUfr_VOF

    パネリスト:
     髙英起(デイリーNK東京支局長)
     西岡力(「救う会」全国協議会会長・東京基督教大学教授)
     福山隆(元陸将)
     増元照明(「家族会」事務局長)
     三浦小太郎(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会副代表)
     水間政憲(ジャーナリスト)
     室谷克実(評論家)
    司会:水島総


    (三浦)中国と北朝鮮が仲違いしている今こそ、日本が【拉致問題】を解決するチャンスだ。


    (高)【韓国のロビー活動】は、敵ながらあっぱれ。

    (水間)韓国単独ではロビー活動はできない ユダヤ人と結びついている。


    (西岡)【パク・クネ大統領】のお母さんは日本(在日韓国人)に殺された。だから反日感情がとりわけ強く、恨みが消し去れない。


    (水間)アメリカがロシアに強く出られないのは、スノーデンの情報を握られているから。下手をすると国家解体に繋がりかねないような情報だってあるかもしれない。

    (福山)今の情勢を読み解く鍵は、
     ①先のシリア化学兵器使用の際、アメリカに何ができたか 
     ②今回のクリミアの件でアメリカとEUが抗議をしているが、どういう落ち着き方をするか
     ーーーこれがアメリカの一極支配のストラクチャーがどうなっているのかを見極める材料になる。今後は大胆に国際情勢を読みながら動かないと日本が立ち行かなくなる。


    (増元)「集団的自衛権」が論じられているが、「拉致被害者を、今のままでは助けられないんだよ」ということを国民に向けて知らしめてほしい。


    (三浦)今、一体何人の拉致被害者がいるのか解らないことが問題。
    日本国の中で利的行為をしてきた組織や拉致した犯人がわかっていながら、逮捕することもできていない。

    (水島)我々の国の中に、ぬけぬけと日本に不利益になることをやる勢力がある。

    (西岡)【慰安婦問題】で、かつて橋本内閣の時、ジュネーブの人権会議のために、吉田清治の誤りなども書かれた20ページくらいの良質共にしっかりした反論文が作成されていた。ところが、日本のNGOがそれを察知して、社会党を動かしてそのペーパーを取り下げさせた。それで「日本政府は謝罪している。アジア女性基金を作っている」というだけのペーパーになってしまった。

    本当は国家を挙げて名誉を守らなければならない。礼儀を正しながら事実関係に基づいてやればよかった。誰が問題を長引かせているのかというと、日本人自身だ。

    (水間)20年前にすでにそのような文章が作れるのであれば、今ならもっとできるはず。今外務省がそういったものを国連にどんどん出しているのか。やっていないだろう。そこに問題がある。
    問題を長引かせるのはお互いに不幸だ。政府がきちんと反論文を作成して、外人記者クラブにも配布して、正しい情報を流布させる必要がある。


    ーーーーーーー


    拉致問題】の解決に関しては、今、かなり関心が高まって来ているようにも思えます。そうなんです。2002年にあれほど日本国民は、テレビに釘付けになって帰国者たちに熱い視線を送ったにもかかわらず、5年経ち、10年経つうちに、いつのまにか意識にあまりのぼらなくなりました。10代の子供たちの中には、問題の存在自体を知らない人たちも多くなりつつありました。

    拉致問題を風化させないために、どうすればよいか」という議論がされるようにさえなっていたのです。約20年前に金賢姫の著書を読んで以来、ずっと関心を持ち続けていた私は、何とかして自分が接する人たちに知らせたいと、折に触れ、取り上げてきました。そのとき、やはりどうしても横田めぐみさんを中心に取り上げざるを得ませんでした。

    これまで北に何かの動きがある度に横田ご夫妻が表に押し出され、繰り返し「一日も早く解決してほしい」とコメントをしてこられました。最近はお孫さんとの対面のニュースにともなって、めぐみさんが拉致された経緯が繰り返し報道されていました。けれどもこの方々が、まるで拉致被害者の象徴であるかのような見方を国民がすることに対して、やはり反省をしなければならないように思います。

    青山繁晴氏が、有本恵子さんのことを例に挙げて説明されています。彼女は唯一、北朝鮮から家族宛に手紙を送ってきた拉致被害者だそうです。「その手紙には、あちらで出産した子供が一緒に映った写真が同封されていた。その子供が今、ちょうどウンギョンちゃんと同じ年頃(26歳くらい)になっているはずだ。拉致された娘の子供、つまり孫と会いたい親御さんたちが他にもいらっしゃるということを、日本政府は強くあちらに言わなければならない。これですべて解決済みなど言わせてはならない」と強く訴えておられます。

    横田めぐみさんに関しては、金正恩氏の母親説が、数年前から取り沙汰されていました。飯山一郎氏がブログや著書で宣伝に努めていました。一旦消えかけていたのですが、最近またスクープ記事(トンデモ報道扱い)のものもあれば、真面目な論調のものもあり、多くの国民が面食らっていると思います。ウンギョンさんの「ウン」は漢字を当てれば「恩」であり、ジョンウン氏とは兄妹であるなどと言われれば、なるほどという気にもなります。けれど、私は横田さんご夫妻が流された涙に嘘偽りは無いと信じます。しかし、いつかどこかの時点で、国民の知らない情報が特定の方々にもたらされている可能性を完全に否定する力も持ち合わせていません。

    興味本位では無く、国家の主権を損ねるほどの重大な問題として、日本国民は真剣に拉致の現実を知り、主体的に関わる必要があると思います。




    [ 2014年03月24日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    〈『アンネの日記』破損事件〉による日本人の覚醒


    単純に自分の中に浮かんだクエスチョンマーク(?)を、追究してみると、あっと驚く感嘆符(!)に出会うことがあります。今回取り上げるのも、その一つです。

    「ヒトラーはユダヤ人を大量に迫害し、虐殺した」と言われるが、何故あんなことをしなければならなかったのか。ジェノサイドだというけれど、そもそもヒトラー自身はどういう出自なのか。純粋アーリア人種なのか。写真で風貌をみる限りでは、ちょっと疑わしい気もするし・・・。第一次世界大戦で負けた責任をユダヤ民族になすりつけたというが、ユダヤ人の排斥ならまだしも、根絶まですることをドイツ国民の大半が願っていたのかーーーこうした疑問がずっと昔から自分の中で保留になっていました。

    この度、『アンネの日記』破損事件をきっかけに、上記の疑問や、これまでに偶然触れて半信半疑のままになっていた「同書の捏造説」をじっくり読みかえしてみると、さらに驚くべき歴史の真相が見えてきました。


    ヒトラー・ユダヤ人説

    出自の不明瞭さはヒトラー自身も気にかけていたらしく、義理の甥ウィリアム・パトリック・ヒトラーから「出自の事を暴露する」と恫喝されている上、自らも顧問弁護士でもあったハンス・フランクに家系調査を行わせていた事が戦後に明らかとなった。

    2010年には、ヒトラーの近親者から採取したDNAを分析した結果、西ヨーロッパ系には珍しく、北アフリカやユダヤ系の人々には一般的に見られる形の染色体があるという調査結果が発表された。



    上記はウィキペディアからの引用です。結論は、「ヒトラー・ユダヤ人説は、一笑に付すことのできないものである」ということです。



    破損事件 逮捕男「アンネ書いていない」と供述

    逮捕された36才の男は、「アンネ自身が書いたものではないと批判したかった」という内容の供述をし、「意味不明な言動もあり、警視庁は、くわしい動機をさらに調べるとともに、刑事責任能力の有無についても、慎重に調べる方針」という扱いを受けています。要するに、マトモに取り上げることができない戯言として、あしらわれてしまったということでしょう。これで、海外に対して、面目が立ったというのでしょうね。

    この事件を取り上げた海外のメディアや団体として、、BBC、ニューヨーク・タイムズ、ワシントンポスト、ガーディアン、ハーレッツ、米国のユダヤ人権団体「サイモン・ヴィーゼンタール・センター」(緊急の声明を発表)が当初から挙げられていました。

    サイモン・ヴィーゼンタール・センターは国際的なユダヤ人人権組織のうちの最も大きな組織のひとつ(アメリカで40万以上の家族がメンバー)で、国連、ユネスコ、欧州安全保障強力機構、米州機構、欧州評議会、ラテンアメリカ議会を含む国際的なエージェンシーにおけるNGO組織です。

    これ以上、ことを荒立てたくないという政府やマスコミの姿勢が顕著です。かつての「マルコポーロ」事件は有名ですから。ーーー文藝春秋の月刊誌「マルコポーロ」に、内科医の西岡昌紀氏が寄稿した「戦後世界史最大のタブー。ナチ『ガス室』はなかった」という論文が掲載されたことによって、サイモン・ヴィーゼンタール・センターが動きを起こし、 田中健五社長は辞任し、「マルコポーロ」誌は廃刊になったのです。

    また、9.11に関して「ワールド・センターのユダヤ人がひとりも死ななかった」との調査報道したNHKの長谷川浩解説委員は5日後、放送センター敷地内で転落死しました。代々木署は事件性なしとし、それで終わりだった、ということをある筋で読みました。

    「触らぬ神に、祟り無し」で済ませた方が、無難なのかもしれません。公共物を破損するという反社会的行為を認めるつもりがないことは、念のため明言します。ですが、折角の覚醒の機会を、みすみす逃してはなりません。私たちの現状と将来に、深い関わりのあることなのですから。



    『アンネの日記』従来の捉え方

    【アンネのいとこバディ・エリアスさんのお話 「アンネとわたし」】

    http://www.urban.ne.jp/home/hecjpn/20050618_10th_anniversary/20050618Mr.Eliaslecture.htm

    ~これが嘘八百だとしたら、もう何を信じていいのかわからなくなるほど、真実味がありますが、この「アンネのいとこ」という方は、実在なのでしょうか?


    『アンネの日記』にまつわる新説

    ijn9266のブログ

    http://blog.livedoor.jp/ijn9266/archives/3609311.html


    ここに書いてあることを簡潔に紹介すると、

    ①アンネの日記は捏造であるがその真実が公表されていない。
     裁判記録まで抹消されている。
    ②アンネの死因は発疹チフスだが、非ユダヤ人(異教徒)からの治療を受ける選択肢がなかったためであり、治療を受けていれば、生き延びていたかもしれない。
    『アンネの日記』の代筆者は、国際金融寡頭勢力によるシオニズム運動の犠牲者の一人である。
    ④ナチスのホロコースト捏造が、ユダヤ人によるイスラエル建国につながっていく。
    ⑤ヒトラーは結果論で言えば、ユダヤ人のためにホロコーストをやった。
    ⑥イスラエル建国は、ユダヤ教とイスラム教の戦争をきっかけに世界を第三次世界大戦に巻き込むため。


    となります。


    本文より引用すると・・・

    何故父親のオットー・フランク(写真中央の人物)は5万ドルという大金(現在の貨幣価値で約2億円)を払ってまで、ゴーストライターに娘の名前で小説を書かせたのか?必ず背後で糸を引く黒幕がいたはず。そう考えるのが自然だろう。

    コンピューター監視法案を廃止に追い込んで、さらに彼等の嘘を暴いてゆこう。『アンネの日記』捏造は氷山の一角にしか過ぎない。日本人の全てが洗脳から目覚めるとき、その時世界は初めて良くなる。日本人が変われば世界が変わる。これは真実だ。



    なお、この方のブログのコンセプトは、冒頭で次のように述べられています。

    世界支配者層は19世紀以降、大多数の被支配民を家畜として飼い慣らす文明の総仕上げにかかっている。最終ステージ、それは日本と日本人、その文明・文化の徹底的破壊と征服。大多数の日本人がその現実に全く目覚めぬまま、日本という国と日本民族はこの地球上から姿を消すのだろうか?

    金融(通貨発行権)、食糧、エネルギーを独占して大衆を家畜化。情報(宗教・教育・メディア)を操って洗脳。洗脳の完成した家畜達はこの事実を「陰謀論」として自らを堅牢な鎖に繋ぐ。この扱いやすい愚かな家畜達の所有権、世界の覇権を巡って世界の支配者達が激突!世界最終戦争は既に始まっている!



    日本人よ、今、この平和なうちに、目覚めよ!現代世界は、決して平和ではない!!危機感を持て!!!これに尽きます。

    アンネの日記の真相、ホロコーストの真相を、日本中、世界中に広めましょう。黒幕の実態をあぶり出し、立場を危うくすることをためらってはなりません。

    言うまでもなく、この認識が、戦後レジーム、従軍慰安婦問題、南京大虐殺捏造、拉致問題、領土問題・・・私たちが抱えているあらゆる難問と根幹で繋がっているのです。そこに目をつぶって表面を撫で回しても、何も変わりません。



    [ 2014年03月21日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(7)

    一度も見逃せなかった「僕のいた時間」



    大学を卒業し、社会人となったばかりの主人公にもたらされた過酷な運命。しだいに筋力が衰え、手足が使えなくなる、話せなくなる、呼吸器をつけなければならなくなる。

    医師の家庭に生まれ、親の期待通りには進まず、両親から愛されているという実感がないまま就職した彼だった。けれども、病気を通して、家族が心を開き、ありのままのお互いを認め合い、支え合えるようになる。

    付き合っていた彼女とも、病気のことを伏せたまま一旦は無理矢理別れるけれど、偶然再会し、いろいろな葛藤を経て、どこまでも運命を共にすることとなる。

    呼吸器をつけるか、つけないままで死を待つか、この決断は容易ではなかった。死ぬことは怖い、かといって何も出来ず何も伝えられないまま、ただ生きるためだけに生きることも怖い。

    けれど、悩み抜いた末、たとえただ生きているだけになったとしても、生きる手段がある限り、生き抜く決心をする。家族、友人、先輩、元同僚、近所の人々・・・周囲の支えを拒絶するのではなく、受け入れることにする。

    その決断をした時に、彼と彼女はお互い宛ての秘密のメッセージを瓶の中に入れて、海辺の砂に埋めた。そして3年後、そのタイムカプセルを掘り出し、お互いに初めて相手が書いた自分へのメッセージを読む。そこには、奇しくも同じ言葉が書いてあった。

    「隣にいてくれて、ありがとう。」と・・・


    ストーリーを私流にまとめてみました。出演者は、とても真に迫った演技をしていました。主演の三浦春馬曰く、「全身全霊を込めました」・・・まさにその通りだと感じました。


    「僕のいた時間」主題歌、Rihwa(リファ) 「春風」リリックビデオ






    「僕のいた時間」 応援ソング ゆず「よろこびのうた」





    高校時代、5つ年下の男の子と、文通をしました。学校のボランティア委員会の活動に参加したのです。年に数回療養所に会いに行くと、その子は照れて、車いすで逃げまわりました。一度だけ、返事をもらったことがありました。「おねえさん、いつもお手紙ありがとう。来てくれてありがとう。僕は社会の勉強がいちばん好きです。」これに私の似顔絵が添えてあっただけです。それでも、喜んでくれていることがわかって、とっても嬉しかったのを覚えています。

    大学時代にも、何度か手紙を書きました。友達と二人で誘い合わせて、はるばる電車とバスを乗り継いで療養所を訪ねたこともありました。そのうち彼は寝たきりとなり、高校を卒業し、実家へ帰りました。年が離れているとはいえ、お互いに年齢が進んだので、しばらく手紙を出さない時期がありました。就職して少し経った頃、ふと気になり、伺っていた彼の実家宛に自分の近況を書いて出してみました。

    手紙は戻ってきました。「宛先の方は死去されました」というようなことが表に書いてありました。二十歳頃に亡くなったのでした。彼の病名は筋ジストロフィーです。上記で紹介したドラマの主人公はALS(筋萎縮性側索硬化症)です。

    筋ジストロフィーの方とは、文通相手以外にも何人かとの出会いがありました。ALSより早い時期に発症するのでしょうか。療養所に学校が併設されていて、小学校から家庭を離れる子たちが多いようです。中には中学で発症し、転校して来たという子もいました。急に身体に力が入らなくなったのに、理解してもらえず、変な動きをしたことに対して「ふざけるな」と先生から叱られて傷ついた体験を聞いた時には、胸が痛みました。

    私と同年輩の高校生たちは、仲間と一緒にバンドを組んで作詞・作曲をし、学校や地域でコンサートを開くばかりか、それをレコーディングして売り出すところまで本格的な活動をしていました。療養所のベッドにギターを持ち込んで、練習していました。彼らは車いすでも、サッカーを楽しみ、練習に励んでいました。中には高校受験をして、地域の進学校に進む優秀な生徒もいるそうです。英検にも情熱を傾けていました。私は、難病と闘う彼らから、多くのことを教えられました。

    文通相手ではないけれど、療養所で話して知り合った同級生と、二十年くらい経った後日、偶然再会する機会がありました。同じ病気でも、中には長く生きることができる人もいるのです。その彼は公務員となり、車いすで働いていました。「私を覚えていますか?」と訊くと「忘れるはずないじゃありませんか」という返事がかえってきて、一瞬驚きました。

    あの場所で、同じ時を過ごした彼らのことを、今久しぶりに思い出しました。あの時のメンバーで、今を生きている人たちがどれだけいるかはわかりません。けれど、
    私が生きている限り、覚えている限り「文通相手のTくんがいた時間」は蘇るのです。そして後日出会ったOさんが生きている限り、覚えている限り「私のいた時間」は不滅なのです。




    [ 2014年03月21日 ] カテゴリ:エッセイ | TB(0) | CM(0)

    日米関係の強化だけではいずれ日本は潰される!?


    9.11がアメリカの自作自演であることとか、3.11が人為的なものであるとか(これもアメリカの自作自演?)・・・奇想天外とも思える言説に初めて触れたのは、一昨年の夏でした。

    どこまでが真実なのかの見極めがつかないまま、やはり大ショックでした。世界そのものが、音を立てて崩れるような感覚に襲われました。それは、常識という部分の人間への信頼が、完全に裏切られたという感じです。

    目前の多忙な生活の中で日々のノルマに追い立てられ、それらをこなしていかなければならないことと、人間の存在意義に関わるほどの重大事が皆目理解不能になってしまったこととの間で、ジレンマを抱えて少なからず困惑しました。

    日本の行く末には、不安しか無いような感じさえ受けました。そのような折に民主党から自民党への政権交代があり、「日本を取り戻す」という力強い宣言のもとに、もしかすれば何か未来への突破口が見出せるかもしれないという期待が生まれました。

    その期待が大きかった分、安倍政権下で、政策の大半が一層対米追従となり、経済再生を第一の課題とするのは致し方ないとしても、明らかなグローバル化を強行に推し進めようとしていることに、またしてもジレンマを感じざるを得ない昨今です。

    ツイッターで「はぎのさん」に紹介していただき、馬渕睦夫氏の新動画を見ました。

    【アメリカはなぜ安倍総理を批判するのか】

    http://www.youtube.com/watch?v=8GEYJul3IQU&feature=youtu.be … 

    『国難の正体』日本が生き残るための「世界史」ーーというご著書の紹介をされたものです。

    ひとことで言えば、「アメリカの存在は、日本を真にバックアップするようなものではない」ということだと思います。更に言えば、「その逆だ」と言ってもよいようです。これは現代史を振り返れば、自明のことです。アメリカは日本の発展を妨げようとして、戦争でぐうの音も出ないほど徹底的に打ちのめし、戦後も自国の覇権を強めるために利用しようとしてきました。

    「東西冷戦の時代は、日米関係の強化という揺るがぬ方針があり、逆にやりやすかった」と馬渕氏はおっしゃいます。けれど、これだって冷静に振り返れば、日本はアメリカにいいように利用されてきたのだし、平和を維持し経済力を培うことができた見返りに、日本は自力で他国と渡り合うだけの軍事力と気概を喪失してしまったのです。

    「日本と、中国、韓国あるいはロシアとの関係が、必要以上に緊密にならないように戦後アメリカがコントロールしてきた。逆にアメリカは、日本がこれらの周辺国と反目するような政策をとってきた。戦後の東アジアレジームとは、日本が地域大国になって再びアメリカに刃向かわないよう、日本を骨抜きにすること」ーー聞き手とのやりとりを通しての、このご指摘には、なるほどと納得させられます。

    「冷戦の終焉にいたって、突然日本が丸裸になった」というお言葉にもピンとくるものがあります。今後は、「経済面での想定外の発展から、日本を引きずり下ろそうとしている。冷戦後は、日本の経済力をいかにコントロールするかということに関心が集中した。日本の制度そのものがおかしいと言い始めた。日本の商慣行を改めさせようとした。アメリカのビジネスモデルで、アジアを席巻しようとしている」まさにTPPの目的と重なるご指摘だと思います。

    「アメリカが安倍総理をナショナリストとして批判する理由はそこにある」とのご発言には、諸手を挙げて賛成しにくい面があります。国民が期待を裏切られる場面もいろいろありますから。けれども、少なくともアメリカからみて、いくらかの抵抗感があることは確かなのでしょう。この抵抗感、距離感をじわりじわりと拡張していっていただきたいものです。それには、やはり国民の支援が必要となります。納得がいかない点はさまざまな手段で政府にしっかり問いただし、国民一人ひとりが自ら筋金入りの日本人になるべく努力せねばなりません。




    [ 2014年03月20日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(1)

    「集団的自衛権」「積極的平和主義」を考えるための若干の資料


    国民的な議論で国防を考える必要性があることは確かなのですが、基礎的な知識がないままに考えても空理空論となるので、疑問に思ったことや、興味を持ったことについて、少し調べてみました。


    たとえば対中防衛にあたって、在日米国兵+自衛隊で万全なのか?という単純な疑問から、まずは人数を調べてみました。その結果

    ★自衛隊の人数は、他国の軍隊に比べて、予想以上に少ないことがわかりました。


    【在日米軍人町村別居住者数(平成23年=2011年)】
    全国計 104,552 (・・・家族を含む?)下記の人数とは不一致?

    http://www.mod.go.jp/j/press/news/2012/01/17a.pdf


    【自衛官の定員及び現員 】(平成23年度=2011年/出典・防衛白書・平成25年版)
    合計 約22万5千人

    http://www.mod.go.jp/j/profile/mod_sdf/kousei/


    「大鑑巨砲主義!」より

    http://military38.com/archives/29519655.html

    2013/07/14
    日本を守る自衛隊の総数は   23万人、
     同盟国・米国の総兵力は  157万人 (本文より)
     最大脅威である中国    229万、
     北朝鮮          120万、
     韓国            66万 

    日本の防衛費はGDPのわずか1%でしかない。つまり各国の半分以下
    総人口に対する軍人の比率
     先進諸国では、国民約250人に1人が軍人というのが標準
     日本では、自衛官は国民540人に1人
     これを補うのが「在日米軍」の戦力とされるが・・・?


    【自衛官の仕事の本音】

    http://honne.biz/job/a1100/

    ★「米兵1人分で自衛官3人雇える計算」という見方もありますが、「自衛官の本音」をみるかぎり、概ね満足度が低すぎることがわかります。


    【米国の軍産複合体にお布施を行う日本政府】

    http://www.asyura2.com/0401/war46/msg/286.html

    その1.アメリカ・日本のネオコンのメインイベント : 巨額公共事業 MD開発
    2003/12/18

    <アメリカ人も「ムダ金だと批判するMD」に巨額投資する日本政府>


    イシバやコイズミは、すでにブッシュ政権に対して、どこまでもMD計画についていくと誓っており、最早、後には引けない。
    彼らの頭には、当初から国家を守るということは無く、どこらへんで、折り合いをつけ、軍需産業利権を分配するかに知恵を絞った。

    高村外相は、MD導入を了承した自民党国防関係合同部会終了後、「必要というならその効果がどのくらいのものかということは、費用との関係で徹底的に詰めなければいけない」と語った。

    アメリカが開発しているMDシステムは、発射直後の上昇時(発射前にはすでにミサイルを飛ばしている必用があり先制攻撃になる)、大気圏外(宇宙空間、標的を絞りにくく複数弾頭が常識になっている核ミサイルには、すべての弾頭に当てることは、まず不可能)、大気圏再突入後(爆熱風や放射能で大きな被害を受ける)。

    <アメリカ軍産複合体の世界戦略に組み込まれていく日本、そして日本の国民の税金は世界の人々の苦しみのために使われる>

    12/19 日本政府は、MDシステム導入を閣議決定した際、日本の防衛力整備の基本的な考え方である「基盤的防衛力構想」を見直す方針を決めた。

    日本軍の役割が増大した(?)ことを踏まえ、日本を守る必要最小限の装備を保有するとした「基盤的防衛力構想」を転換し、テロやミサイルなどの新たな脅威への対処や、海外での活動が円滑に行える態勢を整えることが目的。

    これからの日本軍の活動は「専守防衛」だけでなく「海外活動(侵略戦争等)」にも重点を置くことになる。
    全ては、1990年代初頭に作られたウォルフォウィッツ・レポート、それを基に作成されたチェイニーレポートどおりにシナリオが進んでいる。

    ペルシャ湾でのシナリオは、日本軍イージス艦がアメリカ軍艦船と共に、アメリカがアラブの石油を支配する目的のため、アラブ各国を強大な兵器で脅し、必要なら攻撃もする。
    世界戦略に日本軍を利用することで、アメリカ人は恨まれず(代わりに日本が憎悪の対象になる:イスラエルと同じだ)、アメリカ人も死なない(日本人に死んでもらう:日本人はどうせ、彼らにとってウジムシ程度でしかないからね)。

    しかも、アメリカの金も節約できる(日本人の税金でアメリカのための世界支配をする)という、とてもアメリカにとって都合のいいものだ)。

    ーーーーーーー

    『基盤的防衛力構想』は、日本の防衛力整備の指針である「防衛計画の大綱」で示す「独立国として必要最小限の基盤的な防衛力を保有する」という考えが基本となっている。自衛隊の活動範囲も限られ、航続距離の長い輸送機などを持たないできた。

    MD導入の閣議決定文書でも、「侵略事態に対処する基盤的な部分は確保」と、従来の構想を踏まえながらも、「国際社会の平和と安定のため積極的に取り組めるよう防衛力全般について見直す」と明記した。
    防衛庁は、2004年の「防衛計画の大綱」の見直しに反映させる。 「東京新聞」


    ★10年も前から、現時点と同様の議論が始まっていることがわかります。また、アメリカのいいように利用される構造ができていることもわかります。


    ★「軍事的緊張があるから軍隊を展開するのか軍隊の展開が軍事的緊張を産むのか」という言葉もどこかのブログで読んだことがあり、共感を覚えましたが、アメリカの後退に伴い現状維持では立ち行かないのですから、今後日本は「備えを手厚くしつつも平和外交を目指す」という至難の業が要求されているのでしょう。


    ◎ウクライナ(クリミア)をめぐる対立の中でのロシアの欧米批判にも一理あると思うにつけ、日米同盟の徹底検証をする時期が来ているように思えてなりません。





    [ 2014年03月19日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    共に喜び、共に涙し、同じ希望に向かって前進あるのみ


    拉致被害者である横田めぐみさんの娘ウンギョンさんの、美しい表情に胸を打たれました。聡明そうな目元はおばあさまに、愛嬌のある口元はおじいさまに似ているような気がします。横田ご夫妻が2002年に孫の存在を知ってから、10年以上もの歳月願い続けていた面会です。

    横田さん


    「夢のようだった」「本当に奇跡的なことで、大きい喜び」という横田ご夫妻の言葉に、ひとまずほっとしました。「ひ孫がなついてくれた」と喜びを語る滋さんの笑顔に、思わずこちらも顔がほころびます。

    けれども早紀江さんが語る「めぐみの若い時の感じによく似ていた。前から一緒にいたような感じだった」というウンギョンさんの印象や「ひ孫が、歩行器に乗り、音楽に合わせて首を振りながらリズムを取る様子が、幼い日のめぐみにそっくりだった」という言葉からは、肉親に会えた喜びと共に、一番会いたいめぐみさんにはまだ会えていないという、深い悲しみがひしひしと伝わります。長い長い年月、涙かれるまで泣き暮らし、一途に会いたいと念じ続けているめぐみさんに、ご両親はまだ会えていないのです。このことを、決して忘れてはなりません。

    「最後に、希望を持ちましょうと語りかけると、ウンギョンも少し涙ぐんでいた。最後は笑顔で別れた」と気丈な早紀江さんらしい凛とした様子で、記者会見での報告をされました。

    でも実は、前日私が初めてこのニュースをインターネット上で目にした時には、「今は何も話すことはない。少し身体を休ませてほしい」という早紀江さんのコメントが掲載されていたのです。私は、てっきりめぐみさんの事について、何か不本意な情報を聞かれたのかなと思ってしまいました。そのような国民の気持ちを察してか、会見では「肉親同士が、穏やかに温かい雰囲気で会いたかった。めぐみの安否について問いただすような事はしなかった」と言われました。

    〈本当のことが知りたい。でも訊いたら孫が困るかもしれない。もしも孫が何かを語ってくれたとしても、それが真実かどうかの確証はない。どこまでが本当か、むりやり言わされているのか・・・〉
    まだまだ、当たり前のことが当たり前ではない、非常な心理的な葛藤を強いられる面会であったことを、私たちは見逃してはなりません。

    夢のような、奇跡のような、しあわせを味わわれたことには、偽りはないでしょう。お孫さんも、ひ孫さんも、すくすくと元気に育っておられることもまた偽らざる事実です。ですからお二人は、娘もきっと元気でいてくれるにちがいない。これからも諦めずに救助活動を続けていこう!このように覚悟を決められたのです。

    早紀江さんの「希望」が、深い絶望の淵からはい上がられた後の「希望」であることを、私たちは繰り返し追体験し、受け止めなければなりません。


    そしてこの期に及んで、ようやく拉致の国際問題化が進められてきたことに期待したいと思います。とはいえ、ジュネーブでの国連人権理事会で拉致被害者家族が発言している最中、北朝鮮代表は妨害し、ついには退席しました。まだまだ道のりは険しいけれど、決して希望を見失うことなく、更なる前進あるのみです。




    [ 2014年03月18日 ] カテゴリ:エッセイ | TB(0) | CM(0)

    人事(ひとごと)ではない「日本の覚悟」


    中西輝政『日本の覚悟』(文藝春秋 2005/10)より、「日本の教育」及び「自衛隊」に関連した箇所をご紹介します。


    p180~

    アメリカは何十年か先にーーあるいはもっと早くーー太平洋の向こうに帰っていく可能性もある。そのときに日本は、中国と「一対一」で対処できるような最低限の能力を持った国になっておかなければならない。防衛力だけでなく、国際的に通用する価値観、民主主義や人権、本来の意味での市場経済といった原理原則を堅持し、何よりも独自のアイデンティティと国家観をもって、中国やロシアとも向き合っていかなくてはならない。

    求められているのは、まず長い歴史と伝統を持つ日本という国に誇りと自信を取り戻し、その日本を自らの手で守るという「覚悟」を育むこと、そして、鬼がいるのか蛇がいるのかわからない国際社会のなかで生き抜き、対外的な危機に対処できる手腕と才覚、要するに体系的な国家戦略を持つことである。この「精神」と「戦略」という二つの柱が立たなければ、日本の生存はあり得ない。つまり明治の日本人が言った「和魂洋才」に、いまこそ回帰すべきなのである。

    しかし、今の日本人は、魂の面で「日本」という国の歴史と伝統を喪失してすでに久しく、かつて粉骨砕身、西洋から輸入してきた才すらもなくなり、「無魂無才」の際まで落ち込もうとしている。

    (中略)

    自衛官には入隊時、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努め、もって国民の負託に応える」と宣言することが求められている。一般人にはない重大な義務を彼らには課している。にもかかわらず、彼らに充分な名誉と処遇を与えているとは思えない。

    どこの国にも、戦没者や国家の安全を守るために大きな犠牲を払った人々の家族に対しては特別な保護と顕彰を与える制度がある。西欧諸国の多くでは戦死者の家族に、たとえば大学進学の奨学金が自動的に与えられ、未亡人には公務員職の優先割り当てや終身年金が与えられる。

    ところが日本にはそうした制度はなく、検討すらされないまま、政治家が自衛隊を海外に派遣するための立法を場当たり的に繰り返している。国家・国民のために身命を捧げた人を顕彰、慰霊する国家制度を確立しておかなければ、この国を守るという決意、すなわち「日本の覚悟」を持って立ちあがる者があらわれるとは思えない。そんな国は、いずれ立ちゆかなくなる。

    現代に生きている日本人が経験したことのないような大きな国際的変動が生じる可能性は非常に高い。そのとき、「何のためにこの国を守るのか」また「何のために命を危険にさらして行動しなければならないのか」という問いに対する答えを日本人は持ちうるのであろうか。

    ここに安全保障政策の出発点があり、教育の大きな目標が示されている。いわば国の存立の第一の基盤、あるいは「国民共同体としての背骨」とでもいうべきものが現代の日本にはまったく欠けている。そのことがすべての問題の根源になっているのである。





    [ 2014年03月17日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    「国防軍」で志願者が確保できるのか?


    下記の情報は、数ヶ月前に記事にしようと集めたまま、保留にしていたものです。いろいろと集めてみたものの、どう扱ったものかと考えあぐねていたのです。

    本日(3月16日)の「BS-TBS報道部」という番組の特集で、「集団的自衛権」が取り上げられました。街頭調査を観ていると、「《集団的自衛権》と聞いて何を意味するか分かりますか?」という質問に、「よくわからない」「ふんわりと・・・」「時代の変化で必要になっているのでは?」「戦争に加わる可能性があるようだけど、あまり戦局の厳しいところだと、ちょっと・・・」とか、一般人のさまざまな反応が映し出されました。

    番組の中で「この議論には、よほどの覚悟が必要だ」という総括的な言葉がありましたが、どうこう言っても私たちにとっては半ば人事(ひとごと)なのではないかと感じました。アメリカに依存し、いざという時のために自衛隊があることにやはり依存しているように思います。当事者である自衛隊の人たちは、どういう思いで、この議論を受け止めているのでしょうか。

    現状でも定員に満たない自衛官ですが、今後もしも「国防軍」と改名しないまでも、任務内容が格段に厳しさを増したとして、果たして必要な人数の確保ができるのでしょうか。


    自衛隊国防軍の違い...?教えてください!

    http://okwave.jp/qa/q7813378.html

    一部引用します。

    要するに自衛隊はまともな軍隊ではないのです。装備は立派ですが、いざというときまったく役に立たない組織なのです。
    自衛隊国防軍にするとは、前述のようなおかしな制約を取り払い、世界標準の軍事組織にするということです。



    自衛官の定員及び現員 (平成23年度=2011年/出典・防衛白書・平成25年版)

    http://www.mod.go.jp/j/profile/mod_sdf/kousei/


    イラク帰還隊員 25人自殺 

    http://matome.naver.jp/odai/2134871437729750101


    ~東京新聞の記事は、期限切れなのか見ることができませんが、他新聞の記事も合わせた内容が写真入りで、まとめられています。また、関連情報も一読する価値があります。


    ーー関連情報ーー

    自衛官の自殺率は国民平均の1.5倍、法務・農水も多い 国家公務員調査:MyNewsJapan

    http://www.mynewsjapan.com/reports/1317


    自衛隊のイジメと自殺の問題

    http://jieitaisaiyou.web.fc2.com/ijime_jisatsu_mondai.html


    「自衛隊員が死んでいく」が暴く凄まじい自衛隊の内実|鬼蜘蛛おばさんの疑問箱

    http://onigumo.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-1b55.html


    シリーズ米軍の危機|イラク帰還兵を襲うPTSD

    http://www.jca.apc.org/stopUSwar/Iraq/us_troops_crisis2.htm


    被災地派遣の幹部自衛官、相次ぎ自殺 「丁寧なメンタルケアが必要」の声 : J-CASTニュース

    http://www.j-cast.com/2011/10/22110672.html?p=all


    このような実態を、国民はあまり知らないのではないでしょうか?国の将来を考える際に「兵役の義務なんて滅相もない」という反応が極めて当然のごとく起こりますが、それでは若者たちの中に、自発的に命懸けで国を守る気概を持つ人たちが、どれだけ出てくるのでしょうか?

    現状を考えると、日本人としての誇りを培う教育がなされているとは、とうてい思えません。歴史認識においても、他国の要請に屈してしまい、敢えて恥ずべき過去を引きずるべく、立ち振る舞っているではありませんか。そんな国のために、あなた自身、命を捧げられますか?安倍首相の胸中を図りかねます。



    [ 2014年03月16日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    金大中・盧武鉉両氏はベトナムに謝罪した


    安倍首相は、なぜ今に至って国民の期待を裏切り、弱腰になったのでしょうか?落胆しかありません。国内外からの、国民には計り知れない圧力がかかったとしか思えません。ご自分の命が惜しいというよりも、長期政権によって粘り強く成し遂げようとすることがおありだからでしょうか?

    安倍首相は、一昨日(3月14日)の国会で、河野洋平官房長官談話について、「見直すことは考えていない」と言明しました。一方で、菅官房長官は河野談話の作成過程で韓国政府と擦り合わせをしたかどうかについて、検証作業を継続する方針を示しました。

    どう考えても、繋がりませんよね。折角河野談話への疑念が強まり、談話の取りまとめ責任者だった石原信雄元官房副長官が参考人として国会に出席し、「裏付け調査が行われていない」談話であり、根拠が曖昧であることを言明した矢先です。

    ここで、一挙に河野談話を根底から見直して、行きすぎた表現による日本の過重な責任について言明し、日本が一方的に悪者になる戦後体制を是正しなければならなかったはずです。世界の各地に、日本人の性犯罪による被害女性の像が立てられるようなナンセンスを阻止せねばならなかったはずです。

    慰安所の開設や運営の状況を事実に基づいて検証し、日本の軍隊が他国には考えられない身の毛もよだつ破廉恥な酷い性の修羅場を現出したかのような世界の誤解を、完全に払拭せねばならなかったはずです。韓国側の強請(ゆすり)、集り(たかり)は通用しないということを知らしめなければならなかったはずです。

    また、戦時中という状況下においてのみならず、各国の軍隊が女性の人権をいかに蹂躙してきたかということを考え、逆に世界に向けて反省の機会を促す役割を果たすべきでした。これは責任を回避するというような、こずるい態度では全くありません。現実を客観的に見つめ、公正な立場で物事を進めることこそが、健全な未来に繋がるからです。

    そもそも、河野氏自身の国会出席要求が叫ばれているのに、実現しないことに、苛立ちを感じていました。我々国民には計り知れない権力者側の力関係があるのでしょうか?村山富市(2006年)と河野洋平(2011年)が「桐花大綬章」(旭日大綬章および瑞宝大綬章より上位の勲章)を受章したというのも、呆れた事態でした。授与される方に対してご意見することは不敬とは存じますが、やはり何故?という思いは消し去ることができません。

    こうして内輪では認め合い、外に向けては謝罪し、というようなことを延々続けるならば、いつも申しているように、いかに経済力を強めようが、軍備を増強しようが、言行ともに「おもてなし」に努めようが、日本は結局世界から侮られるのです。国内に毎年何万人もの自殺者を出しつつ、世界のATMといわれて利用され放題、バカにされ放題になってしまうのです。

    下記は、私の考えに近い新聞記事です。最後の「首相には勇気と廉恥に彩られた心ばえがあると信じたい」というような言葉を読みながら、何かヒリヒリと胸に痛みが走るのですけれど・・・

    河野談話」見直し…政府の“珍説”にはあきれる

    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140315-00000536-san-pol


    関連して、朴槿恵(パク・クンヘまたはクネ)大統領の異常とも言える狭量にして自己中心的な性質を知っておきたいと思います。


    ベトナム訪問した李大統領、金大中・盧武鉉両氏は謝罪したが…

    http://japanese.joins.com/article/819/121819.html

    詳細は上記URLをご覧ください。一部重要な箇所を引用してみます。


    金大中(キム・デジュン)元大統領は、在任中の98年にベトナムを訪問し「本意とは異なり、ベトナムの国民に苦痛を与えた点について申し訳なく思っている」と初めて公式に謝罪した。共産党を創設したホー・チミン元主席の墓地も初めて訪れた。

    当時ハンナラ党の副総裁だった朴槿恵(パク・クンヘ)元代表はホームページを通じ「韓国戦争(1950~53)に参戦し、自由民主主義のため戦った16カ国の首脳らが金正日(キム・ジョンイル)北朝鮮国防委員長に謝罪したのも同然なこと」と非難した。同氏は当時「(DJの謝罪が)が参戦した勇士らの心と大韓民国の名誉を大きく傷付けた」とまで書いた。

    金大中はしかし、01年に訪韓したチャン・ドゥック・ルオン国家主席に「不幸な戦争(ベトナム戦争)に加わり、本意とは違ってベトナムの国民に苦痛を与えた点について申し訳なく思っている」と再び謝罪した。

    04年にベトナムを訪問した故盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領は「韓国民の心に借りがある。それだけにベトナムの成功を切実に願っている」とのみコメントした。その代わり、ホー・チミン元主席の墓地に献花をし、韓国大統領としては初めてホー・チミン元主席の遺体が安置されたガラスの棺の前で10秒間にわたり黙祷した。



    安倍首相はむしろ、頑なな朴槿恵大統領に、お互いの立場を尊重するという基本的な人倫を教え諭さなければならなかったのではないでしょうか?日本人は、戦後体制の中で、相手にすり寄り、ご機嫌を伺い、対立を避ける、悲しい性質が身についてしまっていないでしょうか?首相が、自国の立場を守り切れず、韓国、アメリカをはじめ各国の反省を促す言葉をおくびにも出せないようなことでは、情けないではありませんか。これから安倍政権は正念場を迎えます。消費増税の結果がどう出るか、集団的自衛権の行使についての議論がどう進められるか、憲法はどうなるのか、グローバル化に飲み込まれて溺れるのか波に乗れるのか・・・今回の河野談話をめぐる立場表明は、いかなる場面においてもマイナスに働くように思えてなりません。






    [ 2014年03月16日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    震災復興ーー加速も大切、だが焦らず丁寧な推進を!


    昨日(3月14日)の国会中継で、蓮舫氏が「復興事業を受注した企業が事務所すら持っていなかった」という件について、「おかしくないですか?」と問い正す場面がありました。聞きかじりなので、詳細は書けないのですが、「千数百億円の復興予算を任せた企業を、調べてみると所在先にはポストしか持っていなかった。事業の受注が決定して初めてその企業は事務所を借りた」などと、意味不明に近いことを持ち出し、「よく調べてみてほしい」と要望を出しました。

    何かの間違いでは?と思いながら聞いていると、茂木敏充経済産業大臣が、答弁し、「事業は既に始まっているのだから・・・」の一点張りで、今更振り出しに戻れるはずがないではないか、という趣旨の内容です。ーーーつまりは、復興事業は先を急ぐあまり、ある部分では信じられないほどに杜撰なやり方で進められているということなのでしょう。

    オリンピック開催を一つの目標に、被災地の復興を加速させるといえば、なるほどオールジャパンでの取り組みだ!というムードが演出されますが、現実は下記のように想像を絶するほどに厳しいもののようです。


    3月9日(日)に、NHKスペシャル「どう使われる3.3兆円~検証 復興計画~」を観ました。

    http://www.nhk.or.jp/special/detail/2014/0309/


    被災地の復興はどこまで進んでいるのか。遅れているのはなぜなのか。どうしたら前に進むことができるのか。今回、宮城、岩手の沿岸市町村すべてについて、復興計画の進捗状況を取材。そこから浮かび上がる構造的な課題を見つめた。その結果、当初は地元に残る意志を示していた住民が、自治体の想定以上に流出していること。そのため、高台移転や区画整理事業などを進めているものの、その後の青写真がなかなか描けないこと。また、復興のスピードを遅らせられないと、計画変更の必要性を認識しながら踏み出せない自治体が多いことなどが見えてきた。
    こうした中、人口減少に対応して復興計画の見直しを始めている自治体も出てきている。今後の被災地の復興に何が必要か、浮かび上がってきた課題から検証する。

    【ゲスト】元総務大臣・前岩手県知事・野村総合研究所…増田寛也,
         学習院大学教授…赤坂憲雄




    タイトルからも分かるように「3.3兆円という巨額の税金が、果たして有効に使われようとしているのかどうなのか」という、極めて現実的な厳しい視点で作られた番組でした。


    たとえば、ある地区を再建するために「沿岸から高台に住居を移そうとすれば、山を切り崩し、宅地を造成しなければならない。そのためには約950億円かかる。」「1010人のために宅地280戸と災害公営住宅を建てるために110億円かかる」「道路の整備に20億円、宅地嵩上げに7億円、上下水道整備に16億円」・・・というように、一つひとつの事業にかかる費用の目安を具体的に挙げながら、このまま計画を推進することが、果たしてどのような結果をもたらすのかをリアルに(非常に分かりやすい図や模型を用いて視覚に訴えながら)シミュレートしてくれました。

    たとえ莫大な費用がかかっても、それが有効に活かされ、被災地が見事な復興を遂げるというのであれば、納得がいきます。けれども、人口の流出が凄まじく、地域によっては、計画通りの宅地造成をしても、実際にそこに建つ家は、予定の4割程度にしかならないということでした。つまりは、空き地のほうが多い町を造成しようとしているのです。しかも入居当初から半数以上が60代以上、30代以下は4分の1にも満たないといいます。当然ながら年を追う毎に、高齢化は進む一方です。

    公共施設やショッピングセンターなどの誘致も難航しているようです。安全な町を作り、住民たちが再び故郷でしあわせに暮らせることを願っての復興計画であるはずです。ところが、このままでは閑散とした町となってしまいそうなのです。将来人があまり住まないようなところに、過大な予算がつぎ込まれていくことになるのです。


    津波で大きな被害を受けた岩手県大槌町では、海岸線に沿って延長4.8キロにわたって14.5メートル(5階建てのビルに相当)にも達する防潮堤を、350億円を投じて作ろうとしています。住民も、震災直後は二度とあのような辛酸を味わいたくないと思い、安全第一だと同意していましたが、工事が進みイメージが明らかになっていくにつれ、自分たちの故郷が思いもかけないほどに変貌することに戸惑いを隠せなくなりました。ある住民の言葉を借りれば「海が見えない、潮の香りもしない、要塞のような壁に阻まれた中での生活・・・」なのです。

    けれども、一つの事業を見直すと、玉突きのように他の事業に影響が及びます。(たとえば防潮堤の高さを10.5メートルに変えると、浸水予測範囲が倍以上に及ぶため、宅地、道路、公共施設の場所をすべて見直さなければならなくなる。)既成事実を変えにくいムードがあるということです。


    中には女川町のように、最初から見直しの仕込みを入れた計画を立て、時と共に変化する住民の意向を把握する努力をしながら、計画を変更し、30億円程度の節減を可能にした町もあります。といっても、工事関係者との話し合いは、決して簡単なものではなく、予定を変更するほど工期が遅れるということも覚悟する必要がありました。けれども、工事の過程での痛みを乗り越える方が、将来不本意な町ができあがって味わう痛みよりも小さいのです。


    そもそも復興計画を立てる段階で、交付金の申請方法が間違っていたという指摘がありました。用途と期限が常に突きつけられていたため、少しでも大きなプロジェクトを立てて、沢山の予算申請をする形ができてしまったということです。

    日本全体でも、これまでに経験したことがない規模の被災であり、復興事業です。手探りでやるしかないのだと思います。事業のやり方や手法など、見直しながら進めるしかないのです。計画通りに、突っ走らなくてもいいのではないでしょうか。オリンピック開催に間に合わせようとするあまり、焦っていませんか?安倍総理は、3月11日のメッセージで、希望に満ちたエールをおくっておられます。


    「3.11をむかえて~安倍総理のメッセージ~」

    http://www.youtube.com/watch?v=8BYWssMU58s


    また、首相官邸のホームページでは、「住民の同意を受け」て、本格的に進められている復興事業の様子が詳しく報告されています。


    「復興の今、そしてこれから ~復興まちづくり~」

    http://www.kantei.go.jp/jp/headline/311fukkou/machizukuri.html


    まるで、計画と現実の間に、何ら乖離(かいり)が生じていないかのようです。NHKが、ことさらに悲観的な番組を作って、政府を批判したワケではないのでしょうから、逆に言えば、総理発のメッセージや情報は、あまりにも楽観的と言えるでしょう。4年先の体裁を取って「急(せ)いては事をし損じる」とならないように、もっと10年、20年・・・ずっと先を見通した周到な計画のもとに、復興事業を進めていただきたいと思います。



    [ 2014年03月15日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    交流を通して、心豊かに・・・


    他の方のブログやコメントを通して、さまざまな音楽や文学を知る機会を得ています。今回はその中からジョン・レノンの「Imagine」(これは既知のものですが、歌詞を確認しながら聴き直すことができました)と宮部みゆきの『孤宿の人』(これは勧めていただいて初めて読みました)をご紹介します。




         「Imagine」


    http://d.hatena.ne.jp/zuotengiphone/00120821


    Imagine there’s no Heaven
    想像して 天国はないと

    It’s easy if you try
    やってみれば簡単

    No Hell below us
    下に地獄はなく

    Above us only sky
    上にあるのは空だけ

    Imagine all the people
    Living for today…
    想像して 今日のために生きているすべての人々を


    Imagine there’s no countries
    想像して 国がないことを

    It isn’t hard to do
    難しくはない

    Nothing to kill or die for
    殺す人も、誰かのために死ぬこともない

    And no religion too
    そして宗教も[民族も]ない

    Imagine all the people
    Living life in peace
    想像して 平和に生きているすべての人を

    You may say I’m a dreamer
    夢想家だと君は言うかもしれない

    But I’m not the only one
    だけど、僕は一人じゃない

    I hope someday you’ll join us
    And the world will be as one
    いつか、君も加わって
    世界はひとつになると願う

    Imagine no possessions
    想像して 財産がないのを

    I wonder if you can
    君はできるだろうか

    No need for greed or hunger
    貪欲になる必要も飢えることもない

    A brotherhood of man
    人類の兄弟愛

    Imagine all the people
    Sharing all the world
    想像して すべての世界を分かち合うすべての人々を

    You may say I’m a dreamer
    But I’m not the only one
    I hope someday you’ll join us
    いつか君が僕たちに参加してくれることを願っている

    And the world will live as one
    そして、世界はひとつになって活きていく


    これは Zuotengさんのブログより 借用させていただきました。

    昔から好きな歌でしたが、いろいろと勉強すると、「国が無い」状態は、理想とはならないのでしょうね。国境を持ちながらも、それをこえて(そもそも無ければ超えることもない)共存を目指すのが、最も理想的な世界の姿なのでしょう。



                                                   



    次にana5さんからのコメントで、ご紹介いただいた本の中から、気に入ったフレーズを、書き留めてみます。


          『孤宿の人』より


    「この子のように無垢な者こそが、大人たちがこぞって踏み迷っている闇を晴らしてくれるのではないかと期待しているからです。」

    いたずらな恐怖。我執。欲や憎しみ。

    「内に闇を持たぬこの子を見ていれば、愚かな大人どもにそれがわかるだろうと、私はわずかな望みをつないでいるのですよ。」



    「半端な賢さは、愚よりも不幸じゃ。それを承知の上で賢さを選ぶ覚悟がなければ、知恵からは遠ざかっていた方が身のためなのじゃ。」


    「世の中を直すなどという荒技はな、誰にでもできることではないのだ。また、いつでもできることではない。時と人と天運が揃って初めてなし得る。」


    「山川草木悉有仏性。すべてのもののなかに、御仏はござらっしゃる。それはどういうことか。」

    「わしらのような、儚く空しく、卑しい人の身の中にも、仏性はあるということだ。」

    「御仏がおわす故に、人はけっして鬼や悪霊にはなれぬ。なり切れぬのだ。」


    人が悪いことをするのは、自分の勝手でするのだ。鬼や悪霊のせいじゃない。

    「鬼も悪霊も、生身の人だということだよ。」


    「わしも昔、おまえのように愚かであった。」

    「この世を統べている決まりごとに腹を立て、筋の通らぬことにはとことん逆らい、すべてを正しく直そうと意気込んでいた。子供であったよ。」



    「嘘が要るときは嘘をつこう。隠せることは隠そう。正すより、受けて、受け止めて、やり過ごせるよう、わしらは知恵を働かせるしか道はないのだよ。」


    ーーー地に根を張らぬ知の言葉は、いずれおまえに仇をなすぞ。傷つくのがおまえ自身であるならば、それもまた教訓として生きようが、他の者を巻き込むのはやめなさい。



    でも、何かを本当に覆い隠してしまうなんて、けっしてできることではない。・・・いつか時が来れば、知っているものが知っていることを、知っているままにしゃべれるようになるかもしれない。

    いや、かもしれないじゃなくて、そうしなくちゃいけないんだ。

    それこそが、時代が変わるということじゃないのか。

    いつかはきっと、みんなみんな明らかにしよう。もう誰も、秘密に苦しみ、苦しめられることのない世の中にしよう。秘密のなかで、人の命が失われることのない世の中に。



    刹那、息を止めて夜空を見上げた。手を伸ばせば届き、触れるそばから崩れて、今にも雪崩かかってきそうなほどの星ぼしの群れだ。もう夏の空ではない。

    船乗りは星を仰いで針路を決める。神官は星を読んで吉凶を占う。女子供は星に願いをかけ、地上で清く死した者は、天上に昇って星になるという。

    しかし、どれほど無数に溢れていようと、星だけでは天を埋められぬ。星と星の隙間には、どんな光もさすことのない闇がある。


    俺という粗末な人の生は、そういう隙間にあったのだ。誰に気づかれることもなく、像(かたち)を成すこともなく、どんな願いもかけられることのない星の間(はざま)の暗闇に、俺の運命は描かれていた。


    「雨は誰の頭の上にも同じように降りかかる。しかし、降り止まぬ雨はない。」
         
                                                                                                                                                                                                     




               
    [ 2014年03月12日 ] カテゴリ:エッセイ | TB(0) | CM(0)

    【日中戦争の真実】ローマ法王も、日本を支持→河野・村山談話の見直しへ 


    「同胞である中国民衆を虫けらのように殺した中国軍と、行く先々で彼らを救済しようとした日本軍」のことが記された文章を読みました。「本当の人民解放軍は日本軍だった」というのです。既に読まれた方もあるとは思いますが、私自身は、この記事に触れるのは初めてでした。少し引用します。


    日中戦争の真実」
     
    http://www2.biglobe.ne.jp/remnant/rekishi05.htm

     
    日本は中国の住民の救済、治安維持、戦災復興などに取り組んだので、それまで軍隊とは匪賊にすぎないと思っていた中国民衆は驚き、日本軍を熱烈に歓迎しました。統率がとれ、略奪や悪事を働かず、民衆を救う軍隊というものを、彼らは生まれて初めて見たからです。

    日本が占領地域でとくに力を入れたのは、農民の救済でした。日本政府はすでに1938年に中国での農業復興の計画を発表し、実行に移しています。それは日本・満州・支那(中国)の三国が相携えて、互助関係を築くことを目的としたものでした。

    それにより、日本の占領地域での農業は飛躍的に増大しました。日本人技術者が中国農民に、日本の農業技術を提供していったからです。もちろん戦時下のため、悪戦苦闘はありましたが、それでも日本の努力は多くのところで実を結んでいました。

    (中略)

    日本政府の推計によると、1938年から終戦の1945年までの日本の対中国投資の累計は、約47億円にも達していました。当時の日本の国家予算は約20億円ですから、どれだけ巨額かわかるでしょう。
     
    これは戦争に使ったお金ではありません。中国の国土と経済の復興に使ったお金なのです。このように、中国軍が各地を焦土化し、同胞を虫けらのように殺していたときに、日本は中国民衆の救済と、中国の近代化のために働き続けていました。

    中国人民の本当の敵は、日本軍ではなく、中国軍だったのです。中国軍は、蒋介石の国民党軍も、毛沢東の共産軍も、その頭の中にあったのは中国人民のことではなく、権力奪取のみでした。しかし日本は、なんとか中国を救おうと奔走していたのです。



    最近にわかに忙しくなってきたのでしばらくブログはぼちぼちにしようかなとも思いつつ、何気なく見たこめんと教授のブログコメントで、この情報を見つけました。
    少し前に、ana5さんのブログコメントを通してわずかながら言葉を交わした方です。どのような背景を持っておられるのかは分かりませんが、時に思いがけない情報提供をしてくださる方があるので、やっぱりネットっておもしろいですね。


    Commented by izayukan1950 さん 2014/03/09 00:08

    回想録ですが
    1937年 ロ―マ法王 ピオ11世からのお言葉

    全世界のカトリック教徒に対して

    日本軍への協力を呼びかけ「日本の行動は,侵略ではない」
     
     日本は中国(支那)を守ろうとしているのである。
     日本は共産主義を排除するために戦っている。
     共産主義が存在する限り,全世界のカトリック教会信徒は,
     遠慮なく日本軍に協力せよ



    この声明は当時の日本でも報道されました(「東京朝日新聞」夕刊、昭和12年一10月16日および17日)。新聞は、「これこそは、わが国の対支那政策の根本を諒解(りょうかい)するものであり、知己(ちき。事情をよく理解している人)の言葉として、百万の援兵にも比すべきである。英米諸国における認識不足の反日論を相殺して、なお余りあるというべきである」と歓迎の意を表しています。

    けれどもピオ11世は、1939年には逝去されてしまいます。そのため欧米の反日主義や、日米戦争勃発を防ぐまでには至らなかったということです。その後、記事は《「南京大虐殺」はなかった》へと続きます。再び引用します。


    中国は、かつて日本軍は南京で三〇万人の住民を虐殺したと、宣伝しています。しかし、これは中国共産党が流したでっち上げです。なぜなら、もし南京大虐殺があったなら、南京の安全地区にいた外国人は必ず、そのことを世界に発信したはずです。けれどもそのようなことはありませんでした。

    また、日本が南京に入る前にいた南京の人口は約20万人でした。これはいろいろな調査で一致している数字です。20万人の都市で、30万人を虐殺するのは不可能です。

    また、日本が南京を占領したあと、逃げていた市民たちが戻ってきて、一ヶ月後には人口25万人になっています。これは南京学会が緻密に調査して出した、信頼できる数字です。また大虐殺が行なわれた都市に、住民が戻ってくるわけがありません。

    また南京大虐殺の「証拠写真」と言われるものも、今日ではすべて全く関係のない写真か、捏造によるものであることが、明らかになっています。東中野修道著『南京事件「証拠写真」を検証する』などに、詳しく書かれています。

    何年か前、中国系アメリカ人のアイリス・チャンが、英語で『ザ・レイプ・オブ・南京』という本を出し、アメリカでハードカバーで約50万部も売りました。これは日本軍が南京で30万人虐殺という蛮行を行なったと宣伝する本で、アメリカ人にウソをばらまいたものです。

    しかしそののち、彼女が書いたことや、そこに使った写真があまりにインチキであることが、多くの批判書によって明らかになりました。そうした中、彼女は2004年の暮れに、ピストル自殺しています。 (後略)



    筆者は久保有政(ありまさ)というカリフォルニア州立大学留学経験を持つ池袋キリスト教会の牧師さんです。但しネット上では、この記事の一部を引用し、逆手にとって、「日中戦争もカトリックが扇動してたという事実~日本とキリスト教の危険な関係~」などと曲解しているブログもあります。困ったものです。

    以前(ちょっと気になって調べてみると2013年3月9日ですから、まさに1年前)チャン・イーモウ監督の、英語題:「The Flowers Of War」という日本未公開の映画を拙ブログで取り上げました。 2011年の中国の年間総興行第1位(約71億円)と大ヒットし、中国社会に大きな影響を与えたものです。

    「舞台は日中戦争下、1937年の南京。南京へ侵攻してきた日本軍から迫害を受け、教会の建物の中へ逃げ込んだ中国人女性らを、米国人聖職者(クリスチャン・ベール)がかくまう。一緒に避難した女子学生たちを助けるために、13人の娼婦が身代わりとして日本軍に赴き、慰安婦になる。」というものです。上映中、中国の映画館内では、すすり泣きと日本人を罵倒する声があちこちから聞こえたとのこと。インターネット上にはこの映画の影響を受け、反日を叫ぶ書き込みが溢れたといいます。

    「この日本を辱める映画に勇んで出演した渡辺篤郎をはじめとする日本人俳優たちが、母国に泥を塗り、国益を損ねたことに対して、知らぬ存ぜぬで済ませていることに、いくら職業とはいえ、どうも納得がいきません。」と書きました。

    現在、ようやく河野談話の見直しに政府が着手し始めていますが、外国からの批判に惑わされてはならないと思います。続いて村山談話も見直さねばなりません。虚構の世界で自国が貶められたり、ことさらに反日感情を育てる教育がなされているのを容認できるはずがありません。絶対に容認してはなりません。この、当たり前のことにまず着手しなければ、表面的な経済・文化上の国家の発展を目指しても、真に豊かな実りを得ることにはならないでしょう。





    [ 2014年03月09日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    知っておきたい現実【中国=『論語』に基づく道徳で虚言を推奨】


    前回の拙ブログ【韓国=「道徳」の中心は愛国・愛族】にいただいたコメントをヒントに、今回は「中国の道徳観」について書きたいと思います。

    たけるさんがコメントで紹介してくださった「避諱(ひき)」という言葉は知りませんでしたが、論語の中の次のエピソードは以前より聞き及んでいました。


    『論語』に、中国人の“避諱”とはどのようなものであるかを見事に表している逸話がある。ある人が孔子に、「私の村にはとても正直な人物がいて、父親が他人の羊を盗んだ時にそれを告発しました」と言った。孔子は、「その人物を正直とは思いません。父は子のために隠し、子は父のために隠す、これが本当の正直というものです」と答えた〔金谷注・『論語』「子路第十三」〕。  



    羊を盗んだのには、家族を飢えから救うというような理由があったのかもしれませんが、それを罪全般に置き換えて、たとえば家族が殺人を犯したとして、それを庇うことが果たして許されるだろうか?などと考えて、大いに疑問を感じていました。
    けれども常識では考えられない独特の道徳観が中国にはあるようです。下記URLから抜粋・引用して紹介します。


    林思雲 「中国の民族性から見る中日関係――中国人の“避諱”観念と虚言」
    2003年6月28日執筆 各種中国語ウェブサイトに掲載

    http://toueironsetsu.web.fc2.com/Column/2005/c20050328.htm

     


    例えば日本人はよく、中国人は嘘を平気でついたり事実を誇張すると言う。中国人が嘘をついたり事実を誇張したりする傾向が日本人より強いのは、客観的に言って確かにそのとおりであろう。しかし、日本人のほとんどが中国人がなぜ嘘をつくのかや、なぜ事実を誇張するのかについては理解していない。もし日本人が、中国人は相手を騙すためにそうしているのだとしか考えていないのなら、それはとんでもない誤りである。中国人は自分のためでない嘘をつく場合も多いからだ。彼らは家族や国家のためにも嘘をつく。いわゆる“愛国的嘘”といわれるものだ。  

    『春秋』は、孔子が魯国の史官〔金谷注・歴史を記録する役人〕の文書をもとに編纂した歴史書だといわれている。『春秋穀梁伝』〔金谷注・『春秋』の注釈の一つ〕 によれば、孔子は『春秋』を編むに当たり、“尊者の為には恥を諱(かく)し、賢者の為には過(あやまち)を諱し、親者の為には疾(あしきこと)を諱す”という原則を立てたという。現代語に訳すと、「偉大な人物についてはその人物の不面目な事柄は隠し、優れた人物についてはその人物の過失を隠し、自分の血の繋がった親族については欠点を隠す」である。

    つまり、避諱(ひき)の本質は、自分以外の誰かのためにその誰かの恥を隠すことなのである。そして、他の誰かのために隠すとは他の誰かのために嘘をつくということに繋がる。つまり、伝統的な中国の道徳においては、他人を守るために嘘をつくことが非難されない、それどころか奨励されているということである。  

    伝統的な中国の考え方では偉大な人物の恥部や優れた人物の失敗はできるかぎり隠蔽するのが道徳的な行いとされる。これは逆に言えば、偉大な人物の恥を暴いたり優れた人物の失敗をあげつらったりすることは道徳にはずれるということだ。

    現代の中国では国家がいわば偉大な人物である。だから国の恥になることや過ちを隠すことが中国人の基本的な義務の一つとなっている。国家の威信を護るために嘘をついたりデマを飛ばすのは推奨や賞賛に値する行為なのである。  
     

    中国人は幼いときから偉い人や国家のために避諱すること、嘘をつくことを教えられる。だから嘘を不道徳と感じなくなる。これが嘘をつくのが中国人の習慣になっていることの副次的な理由である。


    どの国の民族の民族性にも良い面と悪い面がある。私は、避諱(ひき)の文化は中国人の民族性の悪い面の一つで、中国人はこの悪い面を反省して変えなければならないと思っている。偉い人や国家のために都合の悪いことを隠したり、事実を誇張したり、デマをまき散らす伝統をなくさなければならない。

    当の中国人でさえ、虚言は現代社会と両立しないということに気がついている。だからこの2、3年、中国で“誠信(誠実と信用)”ということがしきりに言われるのである。

    今日のさまざまな現象を見ると、中国人の思想や思考様式は次第に避諱から離れる方向へ発展し、“誠信”へと近付きつつあると思える。



    この文章が書かれてから10年以上が経過しましたが、伝統的な道徳観がそうそう急速に変化することは難しいでしょう。このような文化の違いを念頭に置いた上で、歴史認識についても対処せねばならないのですね。そもそも真実とか正義とかが通用しない思想に立ち向かうのですから、気の遠くなるほどの忍耐力が必要なのだと思います。それこそ、百年先、いえ数百年先になるかもしれません。それでも、決して諦めずに、お互いに“誠信(誠実と信用)”を目標に歩み寄っていきたいものです。



    [ 2014年03月06日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(1)

    知っておきたい現実【韓国=「道徳」の中心は愛国・愛族】


    昨夜新聞のスクラップブックを整理しようとして、捨てそびれた一つの記事があります。極力捨てようとしていたのですが、折しも日本の「新しい道徳の教科書」を取り上げたばかりでしたので、「道徳」という言葉に目を引かれて読み返してみると・・・

    韓国では「祖国と民族の無窮の栄光のため、身と心をささげ忠誠を尽くすことを誓います」この言葉が、小学校(初等学校)三年生から、道徳の教科書の冒頭1ページに国旗(太極旗)とともに掲載されており、事ある毎に繰り返しナレーションで聞かされているというのです。

    五年生版では、冒頭に「独立記念館」の口絵写真があり、「国の発展と私」といった章で愛国心を高める内容になっているのです。それが中学の『道徳』になると「社会生活と道徳」と「望ましい国家・民族生活」からなり、国家・民族の話が全体の半分を占めているのだそうです。

    以下、少し引用します。


    前半部分でも「伝統道徳」が強調され、たとえば「外来文化の氾濫」という写真とともに次のような記述がある。

    「今日のような世界化、国際化時代にわれわれのものに対する理解がなければ中身のないうわべだけのものになる。韓国的なものが最も世界的なものだ”という言葉があるように、われわれのものの大切さを知ってこそ望ましい世界市民として認められるだろう

    このことは後半の「望ましい国家・民族生活」の次のような記述につながる。

    「(通信・情報革命やNGO=非政府組織=の発達などで)国家は過去の遺物として消え去るものと主張する人も出ているが、過去はもちろん未来もわれわれの安全と福祉の責任を負ってくれるのは国家しかないというのが支配的な見解だ。したがって国と民族を守ろうとするわれわれの意地と努力こそが、われわれを未来社会で人間らしく暮らせるようにしうるのだということをいつも忘れてはならない

    中学『道徳』の後半には「正しい愛国・愛族の姿勢」という章がある。この章の冒頭にも抗日テロで知られる独立運動家・尹奉吉の胸像写真が掲載されているが、その中に最近も外交的に大騒ぎした「独島(日本名・竹島)」に関する話が写真とともに出てくる。

    「一九五三年四月二十日、鬱陵(うつりょう)島住民の洪淳七が日本人の侵入から独島を守るため“独島義勇守備隊”を組織し、執拗な日本の野心を阻止する役割を担った」

    これが「愛国・愛族の姿勢」というわけだ。もちろん「日本と領有権を争っている」などという客観的な記述はない。そして探究課題として「われわれの歴史において独島はきわめて重要な意味を持っている。その中でわれわれの軍事的、経済的安保と関連し独島が持つ意味が何か書いてみよう」という。

    韓国では中学『道徳』に安保問題も出てくるのだ。しかしそこでは「日本の軍事大国化傾向と米国の新しい安保戦略の樹立による中国とロシアの反発で軍備競争が触発される可能性が出ており、われわれの軍事的安保の脅威要因になりつつある」となっている。

    中国ではなく日米に問題があるというのだ。教科書として果たしてこれでいいのだろうか。(ソウル 黒田勝弘)「産経新聞」


    勿論、こうした独善的な姿勢を賞賛し、日本も見倣おう!と言うつもりは毛頭ありません。とはいえ、図らずも前回書いたとおりです。

    「一方的な価値観の押しつけではなく、子供たちに生き方(何が正義か)を考えさせる」という方針については、主体性を育てるという意味ではよいと思う反面、これで国家の一員としての自覚をしっかり培うことができるのかな、という疑問もわきました。


    韓国における道徳教育の方針、教育方法との比較をしてみたとき、この感想が再度明確なものとして蘇ります。このような視点で、日本の道徳教育を見直してみると、やはり日本国憲法の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼する」姿勢が、大きく影響しているように思えてなりません。このところ盛んに政治的議論の中で用いられる「戦略的」という言葉も、このままでは空疎な響きになりかねません。

    2005年(9年前)の記事ですが、その後、大きく韓国側の方針は変わってはいないはずです。朴大統領の姿勢からもそれは明らかです。安倍政権のパワフルでスピーディーな仕事ぶりはすばらしいと思うのですが、我が国のあり方をじっくりと腰を据えて熟考し、軽妙というよりは重厚な変化を、着実に進めていただきたいと思います。




    [ 2014年03月05日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(2)

    日本の学力が大きく向上 & 「道徳」の素敵なテキストも完成


    国会中継は、テレビやラジオを通して国民に開かれています。フルタイムで仕事をしている場合には、ニュース番組で紹介される場面にちらっと触れる程度でしたが、今年度は少し余裕があるので、なるべく優先して視聴しています。実際、いろいろな政策が論じられ、法案が検討される過程を目の当たりにすると「政治は生き物だ」といわれる意味が、よくわかります。なるべくしっかり視聴したいのですが、ずっとテレビにつきっきりというわけにもいかず、偶然キャッチ出来た範囲でしか話が出来ないのが残念です。

    安倍政権における国会審議の様子は、時には意見が対立して感情的になったり、議長が周囲に静粛を呼びかけることもありますが、概ね笑いを交えながら、穏健なムードで進められているように思います。特に、昨日(3月3日)の、山谷えりこ氏(伊藤貫氏のお姉さん)の発言は、希望に満ちた明るいムード作りに大きく貢献しました。

    ■まずは、国際学力テスト(PISA)の最新の結果について。ここのところ日本は結果が思わしくなかったのですが、この度は、「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3分野すべてに於いて、平均点が2000年の調査開始以降で最も高く、順位も前回を上回ったというのです。

    国際学力テスト(PISA)、日本「学力向上」順位上げる : 2013年12月05日

    http://www.huffingtonpost.jp/2013/12/04/pisa-2012-japan_n_4382175.html

    下村文部科学大臣は、この原因について、習熟度別の少人数教育で下位層が減ったことなどを挙げて、いろいろと分析されていました。(他にも2、3あったと思いますが、メモを取っていなかったため、詳細は忘れてしまいました。)


    ■また、山谷氏は「道徳の教科書が完成し、早速目を通したところ、実にすばらしい。子供たちが主体的に取り組める工夫がされているし、家族や地域の人々と共に考えさせる工夫も盛り込まれている。多くの名言や、世界各国の偉人を知る読み物としても大変優れている。文章もすばらしい。これは地域の図書館にも置いてほしいし、市販してもよいのではないか」と、説明を聴くだけで元気が出るほどの、パッションを感じさせるお話しぶりでした。

    さて、下記は平成26年2月14日に行われた下村文部科学大臣の記者会見の模様です。

    下村文部科学大臣会見:文部科学省

    https://www.youtube.com/watch?v=Qgg9rtleKis&list=UUL2DLwqqYxa0Q5DcGoQGbrw#t=458

    「一方的な価値観の押しつけではなく、子供たちに生き方(何が正義か)を考えさせる」という方針については、主体性を育てるという意味ではよいと思う反面、これで国家の一員としての自覚をしっかり培うことができるのかな、という疑問もわきました。

    文部科学省サイト 「私たちの道徳」・・・完成品

    http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/02/1344132.htm

    とはいえ、試しに教科書を見てください。なかなかよくできていると思われませんか。ダウンロードして改めてじっくり読もうと思いますが、目次をはじめざっと見たところでは、山谷氏が言われた通りの傑作だと思いました。

    「よく教育された人こそが、よい教育ができる」という言葉を、どこかで聞いたことがあります。この道徳の教科書を執筆した方々も、実に健やかに理想的な成長を遂げられたのだろうなあ、などと思ってしまいます。何だか襟を正される思いです。

    身振り手振りを交え、ワクワクした感じで「2020年までに、日本の子供たちは、世界の人々に紹介したいことが、それはもうた~くさんできるに違いありません」というようなことも山谷氏はおっしゃいました。本当に、この教科書を使って学ぶことによって学校現場からいじめがなくなり、思いやりと礼儀正しさと誇りを持った日本人に育ってくれるといいですね。






    [ 2014年03月04日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(0)

    「かぐや姫の罪と罰」ーーオリジナルな解釈をめぐってーー


    高畑勲監督作品「かぐや姫の物語」ーーある筋によれば50億円以上の制作費をかけたとかーー制作の軸となるのは、《月の世界で姫が犯した「罪」とは?そしてこの世で償った「罰」とは?》原作では明らかにされていないこの点を解明することだったようです。

    そもそも「罪」とか「罰」とかという言葉が、平安時代初期に書かれた原文に出てくるのでしょうか?この疑問を抱く人のために、まず、原文を引用してみましょう。
    迎えにきた天人の言葉の一節です。


    「・・・かぐや姫、罪を作り給へりければ、かく、賤しきをのれが許に、暫しおはしつるなり。罪の限り果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き歎く。能はぬ事なり。早出だし奉れ」(訳)「・・・かぐや姫は罪を犯されたので、こうして、身分の低いお前のもとに、しばらくの間、身を寄せられたのである。罪の償いも果たされたので、こうして迎えに来たのに、翁は泣いたり嘆いたりする。いくら泣いてもかぐや姫を引き留めることはできない。早く姫をお出し申し上げよ」



    「罰」という言葉はありませんが、「罪の限り果てぬれば」という箇所から、この世へ下ったのは「償い」のためだと分かります。このような思想は、キリスト教の影響を受けるより以前に、日本人の共通理解としてあったのですね。

    では高畑監督が企画案に盛り込んだ「罪と罰」のオリジナルな解釈とは、どのようなものだったのでしょうか。監督は、想像力を駆使して、罪と罰が上手く繋がる筋書きを考え出しています。しかも、それを描くことによって、私たちが自分自身、この世に受けた生の意味、重さ、かけがえのなさに繋がる必要があります。

    『竹取物語』に内包されるこのような隠された物語を自力で探り当てる作業は、どんなにワクワクするものだった事でしょう。日本最古の物語として、文学史上重要な意義を持つ作品に、自ら新たな命を吹き込み、現代に通用するものとして蘇らせる作業なのですから。

    ご覧になっていない方々のために、簡単に筋書きを紹介するとーーー〔清浄な月世界の光り輝く美しい姫が、ある天女(羽衣伝説の一人)から、地上の話を聞いて彼の地に憧れる。禁を破って帰還女性の記憶を呼び覚まし、穢れた地球に憧れを抱いたことを罪に問われ、罰として姫は地上に降ろされることとなる。もしも身に危険が迫る折には、そこから抜け出す特殊な能力が与えられるが、姫自身が、「死んでしまいたい。もうここにいたくない」というテレパシーを送ってきたならば、罪の償いが終わったものとして直ちに迎えを差し向ける〕ーーー

    地球に生を受け、命溢れる地球の豊かさや、人間の愛憎を経験し、まだその生を充分に輝かせることが出来ないまま月世界へ帰還せねばならない姫の運命は、私たち自身の物語と重なりうる、このような信念に基づいて、この作品は生み出されたのでしょう。

    私は、この試みを否定はしません。確かにおもしろいとは思います。企画案が承認され、多くの人々を動員し、長い歳月と巨額と大変な労力をつぎ込んだ事に対して、言うべき言葉はありません。

    ただ、原典を繰り返し読み、その魅力を味わった者として言えることは、「この物語を頭で理解できるものにする必要があったのかな?」という率直な疑問です。そもそも不老不死で喜怒哀楽がない月世界を人間が思い描くこと自体が不可能です。
    ましてそこでどのような罪を犯したか?を想像することなど、できっこありません。いえ、地上(穢土=汚れた場所)だからこそ「罪」の概念が成り立つのではありませんか?とすると、迎えに来た天人は、嘘を言っているのでしょうか?そんなことすら、頭で考えること自体に無理があるように思います。

    子供向けのおとぎ話では、かぐや姫がこの世にきた理由など、何も語られてはいません。それでもよかったのでは?と原作者に言いたいくらいです。その反面、美の権化のような姫が罪の償いのために地上に来たという設定には、やはり魅力があります。また、そう設定することによって、この世が「汚れた世」で月世界が「清浄な世」であるという対比が際だちます。流石!とも言えます。

    「かぐや姫の犯した罪」を考えるとき、少なくとも私たちに想像できるのは、この世の者とは思えないほどの美人が犯す罪です。美そのものが罪だともいえます。かぐや姫は、この世で多くの人心を惑わせ、中には姫のために命を落としてしまった人もいました。姫は、月世界での自分の罪を償うためにこの世に下って、この世でも人の命を奪うという大罪を犯してしまいました。

    結局、彼女の罪に焦点を当ててしまうと、この物語の本質を見失うことになるのではないでしょうか。子供向けの「かぐや姫」のお話を、小さい頃どんな気持ちで読みましたか?

    美しいお姫様が、おじいさんとおばあさんと生き別れになる悲しみで、月を見ながら、自分の運命を思い毎晩涙を流す。天からの使いには、御門の兵も抗いようもなく、姫は連れ去られてしまう。皆の悲しみは深く、御門は姫から贈られた不老不死の薬を山頂で燃やしてしまう。だから富士(不死)山からは、煙が立ち上っているのだ(当時は活火山)。


    この話は、つまらなかったですか?心を揺さぶられませんでしたか?では、古典の『竹取物語』は面白くありませんか?感動は望めませんか?

    昨年11月中旬、宮城県三陸町の仮設住宅で暮らしている方々のために、南三陸ポータルセンターアムウェイハウスで、平野啓子さんの朗読会が行われたそうです。(「正論 2014/2」)その場で、『竹取物語』も読まれました。

    大きく、そして優雅に、身ぶり手ぶりを交えながら話を聞かせる平野さん。まるで美しいかぐや姫が、目の前に現れたかのように感じさせる語り口に、会場には雅な雰囲気が漂いました。


    ここでは、おそらく短縮されたお話だったと思います。けれど、古典をじっくりと読んでみてください。まさに『源氏物語』で「物語の出で来はじめの祖(おや)」として紹介されている通り、内容においても、表現においても、日本を代表するすばらしい物語です。伝奇物語であり、SFの要素を有するところもまた夢を育んでくれます。余計な解釈をしたり、ましてかつての実写映画のように、月からUFOが迎えに来るというような奇をてらった設定は不要だと思います。そこに描かれた人物像や愛の諸相は、現代にも十分通じる感動的なものなのですから。


    かぐや



    [ 2014年03月03日 ] カテゴリ:エッセイ | TB(0) | CM(0)

    再度TBSに苦言ーー日本のマスコミなら自国中心を貫いてほしい!


    「週間BS ーTBS報道部」という番組は、「次の世代のために大人たちはどう行動し何を残すべきか」という副題を立てているようです。それなのに、どうして真相に迫るかのようなポーズを取りつつも、結局は他国中心に流れてしまい、本来の日本の有りようを掘り下げて考えようとしないのでしょうか?本日(3月2日)放送された内容から2点取り上げてみようと思います。 


    ■まず、「稲嶺名護市長に聞く 辺野古移設で国とどう対峙するか」というロングインタビューについてです。TBSは日米地位協定をどう考えているのですか?沖縄をはじめとする日本の国土が、我が物顔でアメリカに利用され続ける現状が、半永久的に続いてもいいのでしょうか?

    辺野古移転は、普天間の移設に終わらない。埋め立て規模も当初の案よりいつのまにか規模が大きくなっているし、新たな軍港化する懸念をぬぐえない。しかもアメリカの計画書によれば、100年あるいは200年先まで見越した基地造りを予定しているのだ。」ーーーこのような内容が報道され、地元の住民の危機感が伝えられました。

    稲嶺市長は、沖縄戦直後の避難生活の中で生まれ、ずっと戦後の故郷を見続けてきた人物です。自分たちの手で、故郷の姿が大きく変えられてしまうことは、受け入れがたいという思いで、移設阻止を図っています。できれば来年度の市議会選挙と沖縄県知事選挙で同じ志を持つ人たちと連携して、闘っていきたいと望みを捨てていません。

    松原耕二氏の取材やインタビューは、誠意ある対応で好感が持てました。沖に小舟でこぎ出して埋め立て地の範囲を確認し、「実際に体感すると相当広い面積が埋め立てられることがよくわかります」と分かりやすく伝えてくれました。ところが杉尾秀哉氏はあれこれ言った最後に、「日本政府とワシントン両方からの圧力にはどうしたところで抗いようがないのではないでしょうか」と締めくくりました。あれだけ立ち入った取材をしながら、支援表明ではなく、ひとことで言えば「ムリでしょう」ですか? これは思った以上に大変なことだなあ、何とか稲嶺氏の願いが実現する方法はないものか・・・と思いながら聞いていましたので、正直、がくっときました。


    ■次に「河野談話」の見直しに対する村山富市元首相の言葉です。村山氏は、元慰安婦の証言内容検証の動きに疑問を呈し、「今更河野談話を蒸し返す意味が分からない」と言いました。河野・村山による安易な妥協・すり寄り外交が、どれだけ我が国の先祖を貶め、国の立場を低め、国民を苦しめているのか、全く自覚がないのです。

    「アベノミクスと村山談話のどちらが長生きすると思いますか?」という質問に答えて、「村山談話でしょう」と半ば誇らしげに言ったのには驚きました。訊く方も訊く方なら、自画自賛する方もどうかしている、と思いました。「河野談話の根拠はどこにあると思いますか?」という記者からの質問を完全にはぐらかして、村山氏は最低最悪のことを言いました。つまりは、謝罪と賠償が当然だという構えです。TBSもそちらに誘導しました。

    杉尾氏はまとめとして、「安倍総理に対して、アメリカや周辺諸国への配慮をなおざりにするなら、アベノミクスに跳ね返って来ること、また安倍政権が勢いを失うとすれば、原因は歴史認識にあるということをわきまえておいていただきたい」ーーー総理に対してこのように上から目線でもの申して、結びとしました。

    生井俊重氏は、「河野談話が事実かどうかなんてどうでもいいんですよ」と言いきった上で、「しばらくは韓国とやり合うしかないんじゃないでしょうかね」と立て続けに無責任発言をしました。


    TBSに特別敵意を持っているワケではありません。それどころか、親しい知人もいますので、できればこのような記事を書きたくないのです。けれども、番組の途中でこれはどうしても見過ごしてはおけない、と言う気持ちになり、書き留めた次第です。



    [ 2014年03月03日 ] カテゴリ:未分類 | TB(0) | CM(0)

    痛々しい「かぐや姫」


    昨年の12月、友人と2人で映画を見ました。幼稚園から小・中・高校までずっと同じで、よきライバルだった人です。幼稚園の発表会において最高のヒロインである聖母マリアを演じた、際だって容姿容貌に恵まれた人です。彼女とは、二十数年ぶりに昨年の春に再会し、その後急速に交友関係が深まり、お互いの家に訪問し合うところにまで至りました。彼女のセカンドハウスは、海に面したマンションの最上階特等席で、お昼に訪問して夕日が水平線に沈むまでお邪魔して語り合いました。

    何かの話のついでに、ここ何年も映画を見ていない、という発言がありましたので、それじゃあ年内に一度行きましょうよ、と私から誘ったのです。『かぐや姫の物語』と『すべては君に逢えたから』のどちらが見たい?と訊いて、後者に決めたのでした。数組のカップルをめぐるオムニバスで心温まる、クリスマスシーズンにぴったりの映画でした。その後自分一人で『かぐや姫の物語』を見て、やっぱり彼女とはあちらを見て正解だったな、と思いました。


    とはいえ、先ず最初に、『かぐや姫の物語』の映像美を心から賞賛したいと思います。水彩画調の軽いタッチで描かれた、それこそ「息を呑むほど美しい」日本の野山が描かれていました。かぐや姫も、とても愛らしく、また所有欲に駆られた男どもから逃れるべく風のように疾駆する場面は、真に迫って胸を打ちました。この「シンプルな絵柄と淡い色彩」「筆で描かれたような躍動感溢れる線」「水彩画の背景と合わさることで日本絵巻を思わせる古典絵画のような美しさ」の実現は、 高畑監督の強い要望によるものなのだそうです。敢えてラフな絵を動かすという難題に挑戦しています。そして、そのために、何と「8年の歳月が経過し、50億円もの巨費が投じられていた」というのです。実際はそれ以上だけど、切りのよいところで50億円としているのだとか・・・思わず首を横に振りたくなりませんか?


    http://d.hatena.ne.jp/type-r/20131204

    http://d.hatena.ne.jp/type-r/20140118


    高畑勲監督は東映動画に入社して間もなく、会社から「かぐや姫の物語」の企画案を課題として与えられたのだそうです。それを80歳にも近い年齢になられて、ようやく完成されたというのですから、達成感も一入(ひとしお)でいらっしゃるでしょう。ですから、 批評家の方々も言葉を尽くして褒めそやしておられます。「内容的に極めてクオリティが高く、何よりこれだけ見事な表現をアニメーションで成し遂げた功績は、やはり認めざるを得ないと思います」「『竹取物語』という誰もが知ってる古典であるにも関わらず、現代人に様々な視点を与える本作。後世に語り継がれる名作になるだろう」などと・・・

    けれども実際に見てみると、率直なところ期待したような、いかなる巨額をつぎ込んででも後世に残さねばならないほどの「かぐや姫の物語」ではありませんでした。そもそも、題字からして、「これでいいの?」と、イヤな予感がしたのです。もっと美しい造形がいくらでもできたでしょうに・・と。書の世界、殊に前衛書道にある程度踏み込んだ経験がありますので、「単に筆で書きましたというだけの小学生並みの作品名」に、強い違和感を覚えました。まず最初に、否応なく万人の目に止まる部分なのです!何百種類もの中から、慎重に、繊細な審美眼を働かせて選んでいただきたかったと思います。

    もう一つ細かいことを言えば、観客の目を楽しませるものは、風景のみならず、人物にも大きなウエイトがあるはずです。登場人物の中で、端正な顔立ちあるいはかわいらしい風貌と言えるのは、「かぐや姫」は当然としても、他には幼なじみの「捨て丸」と「石作皇子(いしづくりのみこ)」くらいのものなのです。まあ「相模」も引目かぎ鼻の平安美人ですかね?「御門」も折角いい線行っているのに、顎が異常に長く三角に尖っています。「翁」や「媼」は、もともと貧しい暮らしぶりだったはずなのに、丸まるとした体つきですし、「女童」(めのわらわ)にしても「北の方」にしても、饅頭だか三角おにぎりか、というような輪郭に、線を引いただけの目だとかどっしりした鼻にへの字の口・・・おおよそ美とはほど遠い人物ばかり。月の世界との対比かどうか知りませんが、もう少し醜よりは美に近い人物像を描いていただきたかったと思います。声の出演がそうそうたるメンバーであるだけに残念です。

    さて、実のところ制作はかなり難航したようです。かぐや姫の人物像が描けないので、先に声優(朝倉あき)を決めてからイメージ作りをしたとか、半年掛かって9ページしか脚本が書けなかったため、坂口理子さんという脚本家の助けを借りたとか、その上現場はほとんど狂気に近い状態に追い込まれての制作だったようです。上記URLから一部引用します。


    スタッフは信じられないほどの苦労を強いられることになりました。西村プロデューサー曰く、「現場は地獄だったと思います(苦笑)。ただでさえ作画枚数が50万枚を超えてて大変なのに時間が無いなんて、もはや狂気の沙汰ですよ」。中でも、「かぐや姫が全力疾走するシーン」や「桜の木の下で舞うシーン」など、数々の印象的な場面を描いた主力アニメーターの橋本晋治さんは、あまりにも過酷な制作状況にとうとう「もうやってられない!」とブチ切れて、西村さんのところに「辞めさせてくれ」と言いに行ったそうです。



    「スタジオジブリがとてつもない大赤字を喰らってしまう」事態に追い込んだ「かぐや姫」。彼女の「罪と罰」については、長くなるので次回に譲ろうと思いますが、高畑監督に取り付いて、このような散財をさせてしまったことも、ある意味「罪」だと言えるかもしれません。実は、かなり言いづらいのですが、私が観たあの日の夜、劇場に居た観客は、何と私一人だったのです。こんなことは自分史上初めてでした。(ホラー映画でなくてよかった・・・)最後、キャストやスタッフが示され、バックに主題歌が流れたとき、思わず立って大声で一緒に歌いました。そう、「いのちの記憶」です。この歌もまた挫折しそうな監督の背中を押したということです。「じっと 心に 灯す情熱の炎も そっと 傷をさする 悲しみの淵にも・・・」この澄んだ歌声が広く人々に知られる機会を得たことは、この映画の大きな功績といえるでしょう。


    いのちの記憶  「かぐや姫の物語」





    [ 2014年03月02日 ] カテゴリ:エッセイ | TB(0) | CM(0)
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