熟女の繰言

    国内政治も外交も、いろいろと。
    熟女の繰言 TOP  >  2015年08月

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    [ --年--月--日 ] カテゴリ:スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

    【中国経済崩壊】がアメリカ経由で日本を襲う!?


    知人が、ビジネスチャンスを求めて、近々インドネシアへ旅立つと聞き、国際情勢がいろいろと不穏なこの時期に、果たして夢が実現できるのだろうかと、心配せずにはいられません。

    まして、インドネシアといえば、先日のアジア・アフリカ首脳会議開幕演説で大統領ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)が 「ADB(アジア開発銀行)は、古臭い」などと日本に対して批判的な発言をし、中国に接近する姿勢を明らかにしたではありませんか。

    その中国が、いよいよ経済崩壊を露呈しています。そのあたりを少し探ろうと、情報を収集しました。すると・・・日本が米国債を買い貯めさせられており、売却が認められていないことは前々から聞き知っていましたが、日本と並んで米国債を持っていた中国が、この度それを大量売却し始めたという記事がまず、目に止まりました。

    米国債の更なる購入を無理強いされることがなければいいのですが・・・


    米国債を大量売却し始めた中国

    http://tanakanews.com/

    【2015年8月30日】

    中国が、米国を助けていた米国債の買い貯め(QE)をやめて、逆に米国債の大量売り(QT)を始めたことは、米国や日本にとって大きな脅威だ。中国がやめた分のQEを、誰かが代わりにやらないと、長期的に米国債の金利が上がり債券金融システムが崩れかねない。

    株が暴落した中国を「ざまあみろ」と冷笑している場合ではない。中国株の暴落は、日本が無理なQEを拡大することにつながる。




    フォーリン・アフェアーズ リポート 2015年9月号

    迫りくる中国経済の危機
    ―― 人民元下落は危機のプレリュードにすぎない


    http://www.foreignaffairsj.co.jp/essay/201509/Babones.htm


    中国で金融危機が進行している。株式市場の混乱、輸出の低迷、そして人民元のクラッシュはまだ序の口にすぎない。

    今後、人口動態の停滞、資本逃避、そして、経済の多くを市場に委ねるとした2013年の決定がさらに大きな危機を作り出すことになるだろう。高齢化で政府の社会保障関連支出が増大していくにも関わらず、税収を通じた歳入増にはもはや多くを期待できない。「中国は豊かになる前に歳をとる」とよく言われるが、同様に、完全な税制を整備する前に、経済が自由化されれば、歳入を確保するのはますます難しくなる。

    課税なき自由化は中国政府を第3世界特有の永続的な金融危機に直面させるだろう。主に逆累進税で資金を調達し、社会保障上の責務を果たそうとすれば、中国は、すでにそこから抜け出したはずの第3世界のような状況に陥る。人民元の切り下げは、さらに大きな危機のプレリュードに過ぎず、そこで問題が終わることはない。




    中国崩壊!高齢化社会の現実がヤバイ!一人っ子政策の弊害と問題点とは?

    https://www.youtube.com/watch?v=PGP-sFt46No

    2015/07/19 に公開

    一人っ子政策の影響で、高齢化が急速に進んでいる。独居高齢者もこの十年間で倍以上に増加している。慢性疾患の罹病率も認知症発症率も増加。医療保険制度等の整備の進度が、高齢化の進度に追いつかない状況だ。





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    [ 2015年08月31日 ] カテゴリ:国際情勢 | TB(0) | CM(-)

    【憲法9条】の発案者は、幣原(しではら)首相!


    「お仕着せ憲法」という言い回しが、人口に膾炙してしまっていますが、主たる争点である「憲法9条」は、日本人の発案であったことを遅れ馳せながら知りました。

    昨日偶然「高橋是清」というテレビドラマを一部見たのですが、是清が、「軍事予算が増加するのを、何とかして防ぎたい」というような旨を発言し、軍部の恨みを買い、暗殺に至った経緯が、簡潔に描かれていました。

    戦前のこうした状況からすれば、やはり戦後「平和主義」を掲げたのは、大正解だったと言えるでしょう。少なくとも軍事予算を如何に減らすか、で頭を悩ませる必要がなくなったのですから。日米間の問題は別として・・・

    けれども、いつかNHKのアサイチという番組の中で、岸恵子さんがお孫さんの自慢話をされる場面で言われたことには、異議があります。「うちの孫は頭がいいと思うんです、なぜって『日本人がノーベル賞をたくさん取るのは当たり前だ。だって軍備に予算を使わなくていい分、研究費に十分回せるのだから・・・』なんて賢い発言をするのです」ーーー詳しいことは存じませんが、これは事実に反しているのでは?と思いながら聞きました。


    ウィキペディア 「幣原 喜重郎(しではら きじゅうろう)」

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%A3%E5%8E%9F%E5%96%9C%E9%87%8D%E9%83%8E

    GHQのマッカーサーと1946年1月24日に会談。この日のマッカーサーとの会談で平和主義を提案する。天皇制の護持と戦争放棄の考えを幣原の側からマッカーサーに述べたとされる。その前の12月、幣原は風邪で倒れ、病床で「つくづく考えた」のであった。

    幣原の憲法草案が保守的でGHQから拒否されたというのは、誤解であり、GHQから拒否されたのは、幣原・マッカーサー会談の後に出来た国務大臣松本蒸治を長とする憲法問題調査会(松本委員会)がまとめた「松本案」である。



    「バーソは自由に」

    http://barso.blog134.fc2.com/

    日本国憲法の制定過程には、GHQの押し付けがあったことは確かです。
    しかし草案自体は、明治以来の自由民権運動家たちの思想をベースに、実質的には日本人が作ったようなものだ、という強い主張があります。

    (ちなみに帝国議会の衆議院は、賛成421、反対8の圧倒的多数で可決)


    マッカーサーの証言。


    (1946年1月24日に)日本の幣原首相が私の所にやって来て言ったのです。
    私は長い間熟慮して、確信しました。―――彼は非常に賢い老人で、最近亡くなりましたが―――この問題の唯一の解決は戦争を無くすことだという確信に至りました」。
     
    彼は言いました。「私は非常にためらいながら、軍人であるあなたのもとにこの問題の相談に来ました。何故ならあなたは私の提案を受け入れないだろうと思っているからです。しかし私はいま起草している憲法の中に、そういう条項を入れる努力をしたいのです」。

    それで私は思わず立ち上がり、この老人の両手を握って、それらは取られ得る最高に建設的な考えの一つだと思うと言いました。

    私は彼にこうも言いました。「世界があなたを嘲笑うことは十分にあり得ることです。ご存知のように、今は栄光をさげすむ時代、シニカルな時代なので、彼らはその考えを受け入れようとはしないでしょう。その考えは嘲りの的となることでしょう。その考えを押し通すには大変な道徳的なスタミナを要することでしょう。最終的には彼らは現状を守ることは出来ないでしょうが」。

    こうして私は彼を励まし、日本人はこの条項を憲法に書き入れたのです。
    その憲法の中に何か一つでも日本の民衆の一般的な感情に訴える条項があったとすれば、それはこの条項でした。

    (アメリカ上院軍事・外交合同委員会聴聞会記録 1951.5.5)



    この信憑性については、枢密顧問官・大平駒槌など日本側証言もあるようです。
    小海キリスト教会の水草修治さんはこう述べています。

    「日本国憲法の三大原則は<国民主権・基本的人権の尊重・平和主義>であるが、前の二つの原則は、明治の自由民権運動の憲法案(特に植木枝盛)を研究した鈴木安蔵が起草した憲法研究会案が出典であり、第三原則は時の総理大臣 幣原喜重郎の発案である。これらがGHQによって英訳され肉付けされて、GHQ草稿日本国憲法が作られ、これを日本政府が邦訳した」

    http://d.hatena.ne.jp/koumichristchurch/20121217/p1



    [ 2015年08月30日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    【「積極的平和主義」の本来の意味】に納得


    日蓮宗系と見られる僧たちが、「安倍政権を呪い殺す」呪殺祈祷僧団(JKS47)を結成したという記事を読み、ふと気になって、カトリック新聞のオンラインを見ると、記事として留めておきたい見解を見つけることができましたので、ご紹介します。



    カトリック新聞オンライン

    「積極的平和」主義とは?


    http://www.cathoshin.com/2015/08/28/johangaltung/

    August 28, 2015



    日本はどう国際平和に貢献すべきか―。

    一般社団法人国際平和映像祭の招きで、「平和学」の父として知られるノルウェー生まれのヨハン・ガルトゥング博士(84)が来日、8月19日、東京都内で行われた、ジャーナリストの田原総一朗さんとの“スペシャル対談”に登壇した。

    ガルトゥング博士は、1959年、世界初の平和研究専門機関「オスロ国際平和研究所」(PRIO)を創設。約60年間に世界100以上の国家間や宗教間の紛争調停を行ってきた経験を持つ。「平和学」の第一人者で、「積極的平和」という考えを提唱し、「平和」の理解に画期的な転換をもたらした人物だ。

    同博士によれば、「平和学」における「消極的平和」とは「戦争が無い状態」で、「積極的平和」とは「貧困、抑圧、差別などの構造的暴力が無い状態」のことを指す。

    安倍首相が、安全保障関連法案(安保法案)の答弁で「積極的平和」主義を連呼していることに対して、ガルトゥング博士は“スペシャル対談”で、本来の「積極的平和」の意味とはかけ離れていて、全く違う意味で使われていると、こう指摘した。

    「『積極的平和』には、軍拡も軍事同盟も必要ありません。必要なことは、近隣諸国への理解や共感を伴った協力関係です。日本の安保法案で得られるのは、安全ではなく危険。日本が米国と連帯した場合、日本もテロのターゲットになることは間違いありません」

    米国はこれまで、世界で最も多く他国への軍事介入をしてきたが、その方法として常に「対話ではなく軍事行動(破壊と殺害)」を選択してきた。テロリストと話し合うことをせず、ただテロリストを殺害してきた結果、テロリストの数は10倍に増え、ISIS(自称「イスラム国」)を生み出すことになった、と同博士は説明した。

    粘り強い対話を

    ガルトゥング博士が紛争調停を行う時には、「対話」から始めるという。過去の出来事や、相手への否定的な感情や見方を“横に置いて”、まず「理想の未来」について肯定的な姿勢で語り合う。こうした対話を20回ほど重ねる。そして「理想の未来」を実現するための名案を出し合う。同博士は現在、ISISともインターネット電話を使って対話をしているという。

    「日本が安保によって、米国と運命を共にすることで、相手国の復讐(ふくしゅう)の意識は高まり、軍拡も激しくなるでしょう。日本が、本当の平和政策を取っていくために、オルタナティブな(第3の)道を提案したいと思います」

    こう話したガルトゥング博士は次のような方法を挙げた。

    (1)EC(欧州共同体)をモデルに「東アジア共同体」をつくる。

    (2)スイスをモデルに専守防衛を真剣に考える。

    (3)国際的に価値がある「憲法9条第1項」を、世界に広めるリーダーとなる。同第1項=「(略)国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段として、永久にこれを放棄する」。

    (4)領土問題は、「領土」を両国で共同管理することで解決していく。


    一方、“スペシャル対談”の相手を務めた田原さんも、安保法案は違憲だと考え、さらにその内容にも反対であると明言。また近隣諸国と友好関係を築くという点では、ガルトゥング博士の意見に賛成しながらも、「経済システムも違い、言論の自由がない国とどのように対話をするのか。東アジア共同体の構想は無理だ」と真っ向から反論した。

    これを受け、ガルトゥング博士は、相手国への否定的な感情や見方を捨て、粘り強い対話を続ける必要性を一貫して説いていた。



    * オルタナティブ ・・・  二者択一。代替物。代案。 既存のものと取って かわる新しいもの。





    [ 2015年08月30日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    Don't forget「日米戦争は継続中」!!


    今から約30年も前に、故・江藤淳氏は、『日米戦争は終わっていない』という本を出しています。

    その中から数カ所引用して、ご紹介しましょう。


    アメリカは、日米両国間の葛藤(コンフリクト)ーーー単なる摩擦ではない葛藤は、永続的なものだと考えている。それは、ときには戦争という形で発火し、ときには経済競争になり、あるいは市場争奪戦になります。さまざまな形態で繰り返されてきた日米間の葛藤は、アメリカ側から言えば、両国がこの地上にある限り続くものであって、その推移と展開を常に注目し、注視していかなければならない重要課題の一つである。

    ところが日本人の大部分は、葛藤は敗戦によっていちおう抜本的に解消したと考えている。


    「国際化」とは、本質的にはコンフリクトの自覚にほかならない。しかも「国際化」が必然的にいいことであるかどうかもまた疑問であって、もしそれがアメリカの要求どおり、日本経済をインフレの洪水の中に溺死させることを意味するのであれば、そんな「国際化」は願い下げにしなければならない。


    虫のいい話だが、日本が独自の防衛体制を確立することを好まないにもかかわらず、いざとなったら「専守防衛」で守れというわけで、そのために、兵器体系その他も、アメリカがコントロールしやすいような形を維持しつつ増強させるという、長期政策を採用しているのだろう。


    かつて、ドゴールは、「同盟国とは、助けに来ることがあり得ても、決して運命をともにしない国である」と言ったことがある。
    そのことを裏書きするように、ターナー元CIA長官は、「日本防衛のために核ミサイルを米本土から発射することはあり得ない。われわれはワシントンを犠牲にしてまで同盟国を守るつもりはない」と語ったと報じられている。(1986年)


    財政赤字と、国際収支の赤字が、歴然と示しているように、アメリカは自分が努力して埋めるべき赤字を、外国から借金を集めて埋めようとしている。アメリカよりは少なくとも豊かではない国から借金をして、豊かなアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを維持しようとしている。さらにまた、アメリカ以上に豊かだとは言えない国の製品を続々輸入することによって、アメリカ人の消費生活を維持しようとしている。

    これが実情であるにもかかわらず、アメリカ人はこの不自然な実情を正確に把握していない。


    第二次大戦後の日本人は、個人としての自由を獲得したかのような幻想を、占領者から与えられ、これまでそう信じながら暮らしてきたけれども、じつは個人としても、国民としても、人間並みの自由を得ているわけではない。

    今日の日本人にいちばん欠けているもの、戦後の日本人から決定的に奪われているものは、自由です。自由でなかったと言われている戦前の日本人は、外交政策、国防政策を自主的に決定する自由を持ち、治安維持法その他の法令によって、処罰・投獄されることを覚悟の上であれば、そのような政策を採用している国家に反逆する自由をもまた有していた。

    自由の否定のうえに成立する「平和」とは、「奴隷の平和」「家畜の平和」にほかならない。


    「日米戦争」は、「最終戦」ではなく、「持久戦」であり、消耗戦である。つまり、じつはそれは「終わりなき戦い」なのである。

    ところで、日米両国間の「終わりなき戦い」の行きつく果てはどこだろうか?私は、東西両洋文化の壁を超え、人種の差異を超えた、真の相互理解の確立以外にはないと考えている。しかし、そこに行き着くまでには、これからも幾多の試練を経なければならない。なによりも、日本は、その日を待たずに滅亡してしまうわけにはいかないのである。


    一昨日の国会で、山本太郎氏が「いつ植民地をやめるんだ」と詰め寄ったことが話題になっているようですが、それは遥か45年も前に三島由紀夫氏が、そして約30年前に江藤淳氏が、国家滅亡の危機感を募らせて希求していたことに通じるのではありませんか。

    戦後まもなくGHQによって骨抜きにされたにせよ、70年も経た今、洗脳から覚めないのは、甘えか怠慢以外の何ものでもありません。日本が独立国家として末永く存立するための根本的な方策を、今こそ国家総動員で考えたいものです。



    山本太郎8/19【午前・午後すべて31分】いつ植民地をやめるんだ

    https://www.youtube.com/watch?v=G04JBTbuWMo

    2015/08/19 に公開

    8/19 山本太郎【午前・16分】「何から何までアメリカのリクエストどおり 誰の国なんだこの国は 原発再稼動 TPP いつ植民地をやめるんだ」【午後15分】山本太郎「砂川判決」も「戦争法制」もアメリカのリクエスト




    [ 2015年08月21日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    【小川和久】氏は、なぜ「敵国条項」に触れないのか?


    立て板に水で自信満々の小川節(ぶし)ですから、ついつい「ご説ごもっとも」となりがちなのですが、少し冷静に内容を見直せば、疑問だらけです。


    日本が平和を続けていく(自ら安全を保障し、世界の平和も保障する)
    ための選択肢は二つしかない。それは何かが、きちんと答えられるか?

    一つを選べば、集団的自衛権は前提条件になる。避けては通れない。
    もう一つを選べば、集団的自衛権なんて言葉を口にする必要もない。

    それを考えない学者も政治家も国民もあんぽんたん。

    ① 強力な国と同盟を組んで、平和を実現する
    ② どことも組まないで、独自に平和を実現する
      
    このどちらかしかない。

    結論から言うと、現実的なのは日米同盟をとことん研究して、とことん使い切ること。
    研究していないから、集団的自衛権に反対する、あるいはアメリカの属国みたいに他国から見られるのだ。


    アメリカは、戦後の再軍備の時に、日本とドイツの軍事力は、自立できない構造に縛った。ドイツは前科2犯。日本は前科1犯。

    利き足の右足を切り落とされ、義足を履くことを許されていない。だから、アメリカと肩を組まなかったら、立っていられない。

    そこから抜けようとすると、金がかかる。年間20数兆円の防衛費の負担に10年、20年耐えられないと無理。

    日米同盟だと、防衛費年間5兆円以内で、世界最高レベルの軍事大国と同盟を結んでいることによって、世界最強レベルの安全をもたらし、費用対効果に優れている。

    相手が、日本はアテになると思ってくれればよいのだ。アメリカにとって対等に近い唯一の同盟国は日本。属国に見られずに防衛をおこなうためには、相互防衛が前提。


    他の国の戦争に手を貸すことなどと言う人がいるが、馬鹿じゃないのか。議論しているのは、自衛権だ。そこからもう話がずれている。


    安倍さんは戦後の総理大臣で、はじめてリーダーシップを発揮したと言ってもいい。

    日本はこれまで、アメリカにもたれかかってきた、しなだれかかってきた。
    それではダメだ。主体性を持たねば・・・過去、誰もやらなかったそれを、安倍さんがやった。

    日本の安全を守るためには、拙速でないとダメ。拙速は孫子の教えにもある。
    素早く安全を確保して、あとは丁寧にやればいい。



    このような提示の仕方をされれば、安倍政権の強行なやり方に正当性があるかのように錯覚し、心配する必要などないかのように誘導されてしまう方も多いと思われます。

    けれども、そもそも国連憲章で、日本はいまだに〈敵国〉と定められており、戦争の準備に踏み切ったと見なされた段階で、近隣諸国には無条件で攻撃が認められているのです。

    また、本来は国際法上認められないにもかかわらず、戦後70年経つ今なお、米軍による実質的な国土の占領状態が続いているのも、〈敵国条項〉によるものなのです。

    小川氏が、この〈敵国条項〉に全く触れずに、このような理不尽を致し方のないこととして認めてしまい。それどころか逆に肯定していることに、疑問を持たないわけにはいきません。


    日本には84箇所の米軍基地があり、自衛隊と共同で使用できる基地が約50箇所ある。これは会社にたとえれば、本社機能が置かれているようなものだ。日本の代わりができる国はない。



    などと、手放しで豪語しているのは、どうでしょうか?


    ベトナム戦争で日本の国土が攻撃されなかったのは、それだけの攻撃能力が伴っていなかったからに過ぎない。今後はアメリカ軍が日本から出動する以上は、日本の国土そのものが狙われる可能性が大いにある。

    という言説もあるのです。


    何よりもまず、国連憲章の敵国条項を外すように働きかけることが、最優先課題です。日本の国連の分担金は2013年のデータによれば、アメリカ(約6億2千万ドル)に次ぐ2位(約2億8千万ドル)です。アメリカは分担金を振りかざして強大な権力を行使しています。

    日本は3位のドイツよりも9千万ドル以上多く支払っていながら、なんら権利の主張をせず、それどころか実質的には唯一の敵国とされて久しいのです。この状態を永遠に続けるつもりなのでしょうか?

    しかも日本の防衛費は、表向きは年間5兆円で収めているとしても、実際はアメリカの赤字を極めて高いウエイトでファイナンスし、アメリカの財政を下支えしているのです。アメリカ国債の買い入れ額は80兆円とも、民間を入れるとその数倍とも言われています。しかもそれは売却を許されず、紙切れ同然で眠っているのですよね。

    また、かつてのプラザ合意の際の円高による為替損額は、53兆円に達するとも言われています。今後TPPが成立するような場合、どのような財政上の圧迫がかかってくるかもしれません。

    どこで折り合いをつけるか、何が現実的な国防の在り方なのか、もっと深い議論が求められるように思います。



    【小川和久】安保法制プロに学ぶ戦争と平和の実態

    https://www.youtube.com/watch?v=OwKi677Ov98

    2015/06/12 に公開




    【小川 和久】集団的自衛権を考える 2015年5月29日

    https://www.youtube.com/watch?v=2cR1SWfr_20





    [ 2015年08月21日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    「敵国条項」「地位協定」「憲法」ー【緊縛に麻痺した日本の平和】


    終戦の日に当たって、ある程度でも見通しをよくしたいと思い、過去の拙ブログや様々な動画や言説を見て、考え続けました。けれども国の在り方を根本から問い直す絶好の機会なのに安倍政権が性急すぎることと、国民の関心は広がりつつあるけれど、理解が深まらないまま、多くの人々が短絡的な行動に走ってしまっているということに、如何ともしがたい気持ちになるばかりです。


    過去の拙ブログを振り返ってみると、「集団的自衛権」に関する考察を、いろいろな視点から一生懸命やり始めていました。特に2014年の2月に書いた「国連敵国条項」削除という重要な内容が、国会の議論でも放置されたままになっているように思います。(下記参照)


    「集団的自衛権」以前に「国連敵国条項」削除を!

    http://satuki8989.blog.fc2.com/blog-entry-378.html

    2014年02月14日


    また、敵国条項については、最近、下記の動画が盛んに取り上げています。


    らっきーデタラメ放送局★第157回『敵国条項って知ってる?』

    https://www.youtube.com/watch?v=NMCGvuLilcE

    2015/06/23 に公開



    らっきーデタラメ放送局★第158回『デタラメショッピング 集団的自衛権』

    https://www.youtube.com/watch?v=_UNDjJP_5Nk

    2015/06/30 に公開


    らっきーデタラメ放送局★第159回『憲法!条約!国連憲章!』

    https://www.youtube.com/watch?v=mNozUn6UbQ4

    2015/07/07 に公開


    数日前に視聴したチャンネル桜の討論番組で、安保法制を考える際に、何が困難で、何が欠落しているかということに関して、西部邁(すすむ)氏がおっしゃったことが印象に残っています。(主旨を思い出して書くと、次のようになると思います。)

    ●安保法案に反対すると、簡単に平和主義に足をすくわれる。
      憲法礼賛の平和主義者に自分を近づけていくというばかげたことになる。

    ●安保法案に賛成すると、アメリカ従属の延長上に自分を置くことになる。
      アメリカの思惑に従って、戦争のリスクに自ら近づくことになりかねない。
         
    ◎日米同盟も70年の経緯を考えると、第一の条件として、自主防衛力の強化を念頭に置いて、集団的自衛権の行使を考えるときにきている。
      ところが、この第一の条件に関する議論が一切行われていない。



    要するに、このブログ記事のタイトル「敵国条項」「地位協定」「憲法」ー【緊縛に麻痺した日本の平和】に示したように、

    「日本は戦後70年、平和を守ってきたことを誇りに思う」などという言い方もよく聞かれますが、

    実際は、アメリカ軍の基地として自由自在に国土を利用させているという点においては、間接的に戦争に加担してきたのだし、

    70年経った今なお、敗戦国としての負い目を持ち続けており、軍事的にも、経済においても、独立国家としての主権を本当には回復できていないのです。その意味では、戦争は完全には終わっていないのです。

    せめてもの救いは、直接他国に対して武力行使せずにきたことですが、これは我が国が平和を築いてきたというわけではなく、日米同盟の元で、憲法9条を逆手にとって利用したからできたのです。

    今、アメリカからの強い要請があるのだと思われますが、国会ではあくまで安倍首相が積極的に集団的自衛権の行使を進め、世界平和への貢献をしようとしているという説明がなされています。

    問題は、同盟国であるアメリカが、平和と安定よりもむしろ戦争と混乱を招く国だということです。アメリカはいまだに世界最強の国だとは言えるのでしょうが、自由と民主主義の国、正義と平和を具現した理想の国などでは断じてありません。

    解釈にせよ、改憲にせよ、これまで歯止めとして利用できた憲法上の制約を先に解いてしまい、「日米地位協定」や「国連の敵国条項」を後回しにするなら、今回の安保法案が、戦争法案にすり替わっていく危険性は大いにあり得ると思います。



    [ 2015年08月16日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    虚心坦懐?【小林節】氏の自説変更


    以前私は、小林武氏(沖縄大学客員教授ー南山大学法学部教授、愛知大学法科大学院教授を2011年に定年退職)の講座をある集会で拝聴した際に「いいかげんお引き取りください護憲論先生」と題してブログを書いています。 (2013年05月31日)

    一部引用します。


    「アメリカからの押しつけ憲法なのでは?」との問いには、「日本政府には十分な時間が与えられていたにもかかわらず、作成の意志も能力もなかったため、GHQが、やむなく明治憲法をしっかり踏まえた上で各国のものを取り入れた案を出し、それに基づいて現憲法は作成されたのだから、押しつけには当たらない。」「主権者としての天皇を望む人々、戦争放棄はまっぴらだという人々が、憲法を改正したがっている」のだそうです。

    「安倍首相自身が憲法を改正しようとしているのでは?」との問いには、「憲法99条には、憲法を尊重し擁護する義務が書いてあるのだから、安倍首相は本来は辞任に当たることをしている」のだそうです。「憲法は人権を守る基本になるものであり、容易に変えてはならないものだ」と念を押されました。

    「日本が外国から侵略されたらどうなるのか?」との問いには、「非武装、非暴力が日本国憲法のあり方、遠回りに見えてもそれが一番の近道だ。暴力による解決は最も愚策」だそうです。と言いつつも、おそらく会場の雰囲気が重苦しくなりすぎたからでしょうか、「万一侵略をされたら、税金によって養われている自衛隊を活用すべき」とも付け加えられました。


    このような、「何が何でも憲法ありき」という姿勢には、大いに違和感を持ち、これでは国の存続自体が危ういのではないかと感じました。ガチガチの護憲論者は、これまで自分が築いてきた「憲法学者」としての地位を守るためにのみ、言説を費やしているとしか思えませんでした。


    その点、少し考え方が違う方々ではないかと思え、昨年から注目していた憲法学者が、長谷部恭男(やすお)氏(学習院大学→東京大学教授→早稲田大学教授)と小林節(せつ)氏(慶應義塾大学教授)です。

    長谷部氏の著作『憲法と平和を問い直す』(2004年)は、まえがきから、本文、あとがきに至るまで、かなり丁寧に読みました。国家理論の根幹に関わることが、問い直されており、単なる護憲ではないことが感じ取れました。

    まとめの部分から、一部引用します。


    立憲主義的憲法は、民主政治のプロセスが、自分では処理しきれないような問題を抱え込まないように、民主政治で決められることをあらかじめ限定する枠組みでもある。根底的な価値観の対立を公の領域にひきずり込もうとしたり、大きなリスクをともなう防衛の問題について、目先の短期的考慮で勇み足しないように、憲法は人為的な仕切りを設けようとする。ーーー「立憲主義」はそれを維持する不自然で人為的な努力を続けなければ、もろくも崩れる。



    さて、朝まで生テレビ 動画 憲法9条と日本の平和 (2015年4月24日)で、小林氏は、自説の変更を告白されたのです。

    https://www.youtube.com/watch?v=FP41UFXaj8I


    その部分をほぼ逐語で書き起こしてみます。


    今回の安保法制改定で、海外派兵ができるようになる、ということの政治的正当性、憲法上の正当性を考えたい。

    9条2項で軍隊と交戦権を否定している以上、国際上の戦争にコミットメントすることはできない。(海外で戦うことはできない)
    だから、自分の国の中にある第2警察である自衛隊で、受けて守るしか、専守防衛しかできないできた。それが外へ出て行ったら海賊山賊になる。

    その憲法体制を変えないで、海外派兵することには無理がある。
    自衛隊が海外で武器使用をしては、国際法違反になる
    やるなら憲法を変えよう。

    従来より私は、この立場だった。

    だが、「集団的自衛権」に対して、最近は揺れている。かつては「集団的自衛権OK」だった。そのために「憲法を改正しろ」といっていた。

    けれど最近議論に参加するうちに、「日本のような超大国が70年も戦争をせずに来ることができたということは、世界の平和のクッションみたいにいい役割ができる」と思うようになった。

    だから集団的自衛権で海外派兵をしたら、日本の70年間の宝が失われると、今は思っている。



    ーーー「それじゃあ護憲派になったのか」という田原総一郎氏の問いには、「いや、もろもろ改善すべき点はあります。」と答え、ここで一同に笑いが起きました。小林氏はのけぞって笑いました。難しい議論中の、にわかに場の和むひとときでした。



    実はこの方々は、6月4日国会招致で物議を醸した3人のうちの2人です。小林氏は国会に臨んで、驚くべき自説の変更ぶりを披露されました。

    「まず結論から申し上げます。この戦争法案は、憲法に違反し政策としても愚かであり、廃案にすべきです。」これには、心境の変化を知っていた私も驚きました。

    「虚心坦懐」とは、(先入観やわだかまりのないこと)です。もしも邪心がないならば、大物憲法学者が、改憲から護憲に近い立場へと自説を変更されたということは、この法案がいかに一筋縄ではいかないものであるかを表しているといえるでしょう。



    [ 2015年08月15日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    【安倍談話】あっぱれ!支持率アップの予感!


    国民や有識者たちの様々な声に耳を傾け、英知を結集して【安倍談話】が発表されました。過去の談話を否定するわけでも無視するわけでもなく、最善を尽くす形で修正を加えつつ、受け継ぐものになったと思います。

    長すぎるとか、細部についての批判はあるかもしれませんが、一読して、これなら新たな談話を出した意義が大いにあると感じました。これから各国の言葉に翻訳されて、世界中に広まることが楽しみな内容です。

    「すんなりと受け入れる国ばかりではないかもしれない」という予想はできますが・・・

    早速、村山富市元首相(91)がニュース番組で「美辞麗句を並べて長々としゃべりましたが、何をおわびしているのか、よく分からないね」などと苦言を呈したようです。それって負け惜しみではないでしょうか?



    記念として、この談話についてのニュースの記事と、談話全文を掲載することにします。



    談話「侵略」盛り込むも“直接言及”避ける

    日本テレビ系(NNN) 8月14日(金)19時55分配信


     政府は14日、戦後70年の安倍首相談話を閣議決定した。焦点となっていた「侵略」については、言葉は盛り込まれたものの、先の大戦における日本の行為を侵略だと直接言及することは避けた。

     安倍首相「事変、侵略、戦争、いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としてはもう二度と用いてはならない」

     安倍首相は会見で、「具体的にどのような行為が侵略にあたるかは歴史家の議論に委ねるべき」と述べた。

     また、談話では「お詫び」について、日本政府がこれまで心からのお詫びを表明してきたことに言及した上で、「こうした立場は今後も揺るぎない」とと述べるにとどめた。

     安倍首相「(我が国は先の大戦について)繰り返し痛切な反省と 心からのお詫びの気持ちを表明してきました。こうした歴代内閣の立場は今後も揺るぎないものであります」

     その上で、談話では「あの戦争には何ら関わりのない私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」としている。

     また、「植民地支配」については「永遠に訣別(けつべつ)しなければならない」としている。安倍首相は会見で、「歴史の教訓を深く胸にきざみ、アジア、そして世界の平和繁栄に力を尽くす、そうした思いも今回の談話に盛り込んだ」と強調した。




    戦後70年 安倍首相談話の全文

     内閣総理大臣談話

     【閣議決定】



     終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。


     百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

     世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

     当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

    満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

     そして七十年前。日本は、敗戦しました。


     戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

     先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

    戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れ合ず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

     何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

     これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

     二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。


    事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

     先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

     我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

     こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

     ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

     ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

     戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

     戦争の苦痛を誉めつくした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

     そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

     寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。


     日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

     私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

     そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

     私たちは、自らの生き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

     私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

     私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

     私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値観を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

     終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。


     平成二十七年八月十四日
     内閣総理大臣 安倍晋三




    [ 2015年08月14日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    「ポッポ鳩山擁護」は認識不足の露呈!


    ブログ執筆の目的のひとつは、様々な事象への認識を進歩させるためです。私自身、まだまだ知らないことだらけですし、過去に書いた記事を読み直してみて、「こんなことにまで言及していたのか、すっかり忘れていた!・・・」なんてこともあり、一進一退で、じわりじわりと歩みを進めております。

    昨日、鳩山氏のことを書きましたが、ブログ村の新着記事の中に同氏について取り上げた記事を見つけたので、気になって読んでみました。

    筆者は海外生活も経験されており、「GHQ焚書」についても良く勉強されている方のようでした。ですが、タイトルに示された通り、全面的に鳩山氏を擁護する立場です。

    一部引用します。



    ポッポ鳩山の自由度は高い ( DEEPLY JAPAN )

    http://blog.goo.ne.jp/deeplyjapan/e/dbc392c0b7515b91faa3da061f1ac0ef




    どうしてこうなったのか全然わからないけど、鳩山由紀夫氏が韓国でひざまずいて合掌していた。

    もちろんネット上は大騒ぎ。あんまり読んでないけど当然批判、批判、非難の嵐でしょうね。

    でも、独立運動家が投獄された刑務所、ってことなので、そりゃ申し訳なかった、最低でも、こういう事態はよろしくない、というしかない場所じゃないの?など思ったりもする。

    鳩山さんは確かに日本の現在の常識からすると、売国奴~!とか呼ばれる存在らしいんだけど、でも、universalな価値から行けばかなりいい線行ってますよ、と申し上げたい。



    このように、結構リベラルで探求心旺盛な方が、ついユニーク路線を狙って鳩山氏を擁護したりすると、幾ばくかの負の影響があるかも知れないと思い、とても残念な気がしました。


    何事も勉強です。私も随分昔のことですが修学旅行の引率で韓国へ行く前に、いろいろと本を読んで下調べをしました。すると、「独立記念館では、日本人が、独立運動に参加した韓国人を残忍な手法で拷問している蝋人形がたくさん展示されているが、あれを行ったのは主に日本に登用された韓国人の支配層だった」というような記事を読み、韓国側の被害者意識には、事実の捏造が伴うことを知りました。


    今回の鳩山氏に関しても、次のような記事があり、心底憤慨しました。


    鳩山氏、“謝罪”の次は「日本の軍事大国化懸念」宣言を発表 韓国世論を鼓舞  

    http://www.sankei.com/world/news/150813/wor1508130022-n2.html

    2015.8.13 16:36


    3・1独立運動(1919年、別称・万歳運動)で、女子学生ながら先頭に立ち捕らえられ、その後、西大門刑務所で獄死した柳寛順(ユ・グァンスン)ついて触れた鳩山氏は「獄中でも『万歳』を叫び(独立)運動を続けた。心から頭が下がる思いだ」「柳寛順氏を収容して、拷問というひどい刑を与え、命を奪ったことを聞き、心から申し訳ない」などと語った。



    これなども、背景を全く知らない方々は、「そりゃもっともだ!」と共感してしまわれるのでしょう。しかしながら、ここは、鳩山氏に「この鵜呑み野郎!とっとと引っ込め!」と罵倒を投げつけなければならないところなのです。

    私は韓国の反日運動についていくらか調べた際に、安重根とおなじく、柳寛順(ユ・グァンスン)の実像も、極めて疑わしいものだと知りました。


    柳寛順(ユ・グァンスン)も親日派のせい?(シンシアリーのブログ)

    http://ameblo.jp/sincerelee/entry-11916800032.html

    2014-08-29



    柳寛順については、前々から「現実の彼女は、そういうヒロインではなかった」という研究がありました。

    墓を荒らされたというのは戦後に作られた反日映画のエンディングで、事実ではない遺体を確認した彼女の友たちは「遺体に損傷はなかった」と話した。

    か弱い少女ではなく、当時にしてはそこそこ巨体だった。顔写真とかも「日帝によって拷問され膨れ上がったもの」という主張があったが、それが元の顔だったことが確認されている牢屋で病死したのは事実だが、当時に受けた量刑は大したものではなかった。

    マンセー運動(抗日デモ)に参加したのは事実だが、「31運動に直接参加してはいない」という意見もある。

    今回、教科書で彼女の記述が消えたことは「北朝鮮のせいだ」ということになっているようです。



    「一国を代表して、世界の注目を浴びる」ことにのみ、鳩山氏の関心やモチベーションがあるとしか思えません。それならば、もっとじっくりと腰を据えて勉強してからにしてほしい!大舞台での深慮なき言動を、厳に慎んでほしい!・・・再度声高に叫びます。





    [ 2015年08月14日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    あまりにも軽率な【鳩山由起夫】に告ぐ!


    「元総理」のはずなのにミスを装って?「前内閣総理大臣」と献花の際に名乗り、派手らしく「相手がよいと言うまで謝罪を」と超目立つパフォーマンスを繰り広げた鳩山由紀夫氏ですが、この軽率な行為は日本の将来にどういう影響をもたらすのでしょうか。

    案の定早速、韓国から居丈高な反応が出たようです。

    鳩山由紀夫氏、韓国で土下座の謝罪するも、韓国人からは次は天皇の番だとの声。

    http://blog.livedoor.jp/zzcj/archives/51899234.html 
    (下の新着記事をクリック)

    お時間があれば、このブログの続きにあるお勧めの記事も読んでみてください。

    私は、《ケント・ギルバート氏「日本は本当に素晴しい国です、歴史を学ぶべきは韓国の方だ!」》

    http://blog.livedoor.jp/zzcj/archives/51891977.html

    を読みました。すると以前どこかで聞いたことがある「安重根を韓国で反日の英雄とするのはお門違いだ」ということについて、その理由が詳述されていたので、認識を深めることができました。


    できれば全文をお読みいただきたいのですが、特にケント氏の次の言葉に注目したいと思います。 



    民主主義や自由、共和制、交通、情報、経済、銀行などの言葉は、すべて日本人の発明です。日本人がいなければ「中華人民共和国」や「朝鮮民主主義人民共和国」という国名はありませんでした。

    長いあいだ、旧態依然とした時代遅れの「中華思想」のなかで呑気に生きていた韓国・中国人は、日本人が必死になって努力したおかげで今日の近代的な生活を享受しているのです。そのことを忘れるなといいたい。

    私が最も指摘したい日本の業績の一つは、朝鮮半島において、李氏朝鮮時代から厳しい階級格差と差別に何百年間も苦しんでいた人びとの「身分解放」を日本政府が行なった事実です。日本は韓国人のために、本当に正しく立派なことをしたと思います。




    日韓の歴史については、これまでも何度か触れてきましたが、昨日も書いたように、少々見下した態度で相手に屈辱感を与えたことがあったにせよ、一方的に、全面的に謝罪する理由は無いのです。何度も謝罪することは、国益に叶いません。まして、相手の気が済むまで言いなりになるなどとは、売国行為以外の何ものでもない!


    超軽率な、鳩山由紀夫氏に告ぐ!うろうろ動き回って害毒をまき散らすんじゃない!せめてウィキペディアでも通読して、まともな歴史認識を身につけてから、言動を起こすように!いえ、できれば二度と表舞台に顔を出さぬように!!!


    日本統治時代の朝鮮 ( ウィキペディア )





    [ 2015年08月13日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    「首相の謝罪」に「国民は激怒」のナンセンス!


    相当数の国民は、首相の謝罪に共感などしないでしょう!もしも大半の国民が共感するのであれば、それこそ日本はアウトです。「日本国民ごときは未来永劫、ひざまずいて、土下座して、はいつくばってろ!!」という相手の思惑通りになるしかないのですから・・・

    また、国民の共感なき首相の謝罪は、全くの茶番です。そもそも「お詫び」の言葉を外す意向であった首相自身が、まさか「心からのお詫び」などをするはずがありませんし、自分自身を欺いているばかりか、大勢の国民を裏切ってまで行う、単なる相手や反対勢力への「おもねり」以外の何ものでもないのですから・・・

    要するに、信念も、哲学も、指針も何もないのでしょうね、安倍首相は・・・

    自民党の稲田朋美政調会長の「日本は痛切な反省に基づき、この70年間、戦争することなく、平和に貢献してきた」「中韓両国と国交正常化を成し遂げた後、中国に政府開発援助(ODA)を行い、韓国にも援助してきた」から、「謝罪をするのは違和感を覚える」というのも、それらしいけど少し違います。

    明治維新以来、日本が置かれていた国際的な立場や、16世紀大航海時代以来のヨーロッパ勢力が、アジアに対してどれほど圧迫を加えてきたかを俯瞰して、これから百年後、千年後の我が国の在り方まで展望しなければなりません。


    昨日のプライムニュースで、西尾幹二氏が明快におっしゃいました。

    国家間で問題になるのはカール・ヤスパースが言うところの罪の分類では「①刑法上の罪 ②政治的な罪」までであるはずなのに、「③道徳上の罪」「④形而上の罪」も何もかも含めて問題にしている、これはおかしい。

    2012年、安倍晋三氏自身が、「宮沢談話、村山談話、河野談話、すべてを見直すべきだろう」と言われたのに、もしも肝心の歴史認識に関することをそっくり踏襲するのであれば、何のために談話を出すのか?

    「70年談話」などむしろ出さない方がいい!


    私もこのご意見に、同感です。歴史に縛られ、身動きがとれないでいる現状を打開するための談話でないならば、ナンセンスに等しいと思います。


    曾野綾子氏もいいことをおっしゃいました。
    ひとりの人物でも、ひとつの国家でも、必ず良いところもあれば悪いところもある。すべてが良い、あるいは悪い、ということがないのであれば、謝り続ける必要はない。
    だいいち人間、「心からのお詫び」など、何度もできるものではない。一度は心から謝ったとしても・・・しかも相手から要求されて何度もそれを繰り返すならば、形骸化するばかりか相手への憎悪さえ起きかねない。

    流石は人間への洞察に長けた小説家です。





    [ 2015年08月13日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    【憲法の平和の理念】は「思考の檻」なのか?


    昨日行われた「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」の平和宣言で、田上市長は「戦争をしないという平和の理念は永久に変えてはならない原点。悲惨な戦争の記憶を忘れてはならない」と呼び掛けました。

    さらに市長は安全保障関連法案について、「憲法の平和の理念が、揺らいでいるのではないかという不安と懸念が広がっている」と指摘し、政府と国会に慎重で真摯な審議を求めました。


    8月6日の広島平和宣言では、混乱を避けるためか、安保関連法案に直接触れることはありませんでしたが、松井市長は「武力に依存しない幅広い安全保障の仕組みづくりと、憲法の平和主義が目指す真の平和への道筋の浸透」を求めました。



    一方同日、第7回8.6広島平和ミーティング「反核平和70年の失敗」~憲法9条は中国軍拡も北の核兵器も止められなかった!~と銘打って、リーガロイヤルホテル広島において、櫻井よしこ氏および百地章氏の講演会(日本会議主催)が開かれた様子です。

    「ヒロシマの平和」とは、世界の現実から目を閉じさせる思考の檻だった、
    国内法である憲法に外国を規制する力はない、
    今我々がなすべきことは我々自身を憲法の迷妄と反核平和という自己矛盾から解放すること、
    真の独立と平和と安全を獲得するのに何を改革すべきかを明らかにせねばならないーーーパンフレットからはだいたいこのような主旨が推察できます。

    いずれこの講演がネット上にあげられたら、視聴してみたいと思いますが、恐らく安倍政権の安保法案に沿った路線で、力の均衡を重視して自主防衛を強化しようと呼びかけているのでしょう。



    ヒロシマ、ナガサキで行われた平和祈願の式典で述べられた宣言と、政治の動きのギャップや、いわゆる有識者と言われる人々の過激ともとれるスローガンを、自分の中でどのように整理すればよいのか、日々考えています。

    目の前の高校生たちは、祖父母の代が幼い頃に経験した戦争に対して、文学や映像や語り部のお話を通して一生懸命追体験しようとし、未来への道筋を探っています。おとなたちの価値観や考え方の違いに、混乱し迷いながら、政治家たちが正しい方向に国を導いてくれるよう、一生懸命願っています。



    この夏、安倍政権はまさに政治生命を賭けて「安保と談話」に取り組んでいます。安倍首相の外交・安保面での基本方針は一貫して「積極的外交」に集約されることは、ご存知の通りです。憲法の解釈の変更が、引いては憲法改正へと発展するようにとの展望も、多くの国民は承知しています。

    ですが、国会であれほど長期にわたって議論が展開されていても、果たして国民の理解が進んできたといえるのでしょうか? 2つの平和式典を通して、これが如何に難題であるかということを改めて感じています。そして、70年という節目に、何かを変えるべく決断せねばならないのだとすれば、国民一人ひとりが決してこの課題に無関心でいてはいけないと思います。仕事や趣味やスポーツ観戦の合間に、真剣に安保について考え、周囲とも話し合うようにしたいものです。




    [ 2015年08月10日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    ああ許すまじ!【中曽根康弘】


    集団的自衛権や安保法制のことについても、いろいろと勉強しながら考えているのですが、前回の続きとして、これだけは書いておきたいと思います。

    1985年8月の日航機墜落事故において「真実は墓場まで持って行く」と発言した。(【中曽根康弘】ウィキペディアより)

    上記をはじめとして、ネット上では、日航機事故の真相と中曽根氏との関連を扱った記事が数多く取り上げられています。その首謀者として名前が挙がっている中曽根元総理が、『文藝春秋 2015年9月号』で、「大勲位の遺言」なる記事をのうのうと自慢げに出しているのです。

    しかも、こともあろうに《特集 8・12日日航ジャンボ機墜落》の独占手記ー川上千春「妹・川上慶子(奇跡の生存者)と私の30年」、柳田邦男「遺族とJAL語り継ぐ御巣鷹山の記憶」という二つの記事に引き続いてです。

    「政治家とはかくも人格破綻者であり、国民を愚弄する者である」ということを、身を以て示しているとしか思えません。

    読む気も起こらぬ駄文として、一瞥だけにしたい気持ちを抑え、“(刑務所の)塀の上を歩いて内側に落ちたのが田中角栄、外側に落ち勲章までもらったのが中曽根”と揶揄されたこの輩の、脳みその腐り加減を判定すべく、目を通しました。

    案の定、加害者意識と自虐史観に、胸が悪くなりました。自分の本や雑誌を読むとき紙面に赤ペンで印をつけながら読む癖があるのですが、?や×の印がたくさん付きました。

    歴史観に関連して一例を挙げると、

    「特に中国に対しては、『対華二十一ヵ条の要求』以降は、侵略的要素が非常に強くなったといえる。・・・中国民族の感情を著しく傷つけたといわざるを得ない。・・・やはり、多くの犠牲者を出した先の戦争は・・・アジアの国々に対しては、侵略戦争だと言われても仕方がないものがあったといえる。」

    とあります。このことについては、昨年読んだ『正論』(2014・2)の評論家・渡辺望氏の文章に、反論がありましたので、少し抜粋引用します。



    今日、中国政府は過去の日本が中国に「内政干渉」したことを激しく非難する。中でも日本政府の対華21ヵ条要求」(1915年)は、今なお反日運動が崇める最大の神話である。孫文もこれに乗っかり、反日とソ連提携に傾いていった。しかしこれほど的を外れた日本非難も他にない。

    要するところ、その後ソ連が、どう捉えても対華21ヵ条要求「ソビエト版」に他ならない政策を現実化したのであり、実のところ孫文の「反日」は日本側が顧問派遣を自分たちではなく、袁世凱政府に申し出たことへの嫉妬心からだったという。

    1920年代初頭から、ソ連・コミンテルンはアジアの赤化に着手していたが、内部路線対立などによって苦境に立たされていた。そこに、孫文の方から、反日思想というお土産まで持って、飛び込んできてくれた。以後、ソビエト・コミンテルンという「世界征服」勢力と日本との長い苦闘が始まる。

    コミンテルンからすれば、中国国民党政権=中国大陸という温床を利用することで、策謀の限りを尽くすことが、あっさり可能になった。日本での諜報活動をしたソ連のスパイ、ゾルゲを尾崎秀実に引き合わせたのは、アメリカ共産党の鬼頭銀一であった。そこには当然、日本を対ソ戦争ではなく、対アメリカ戦争に誘導しようとしたコミンテルンの策謀があったと考えるべきであろう。

    孫文や蒋介石の誘いにのらず、自制していたにもかかわらず、日本はいつのまにか中国大陸内部の戦いに巻き込まれていく。さまざまな勢力がせめぎ合う中国大陸でのこの奇妙な戦争は「日本VS中国」という単純な図式には到底当てはまらないのだ。



    尚、「対華二十一カ条の要求の真相」(URL付)ーー支那の自作自演ーー(かつて日本は美しかった)の記事も、あわせてご紹介します。


    中曽根氏の歴史認識は、自身の体験と戦後のGHQによる洗脳に凝り固まった、狭量なものだということがよくわかります。このような人間が総理大臣として日本を望ましい方向へと導くことなど、所詮できるはずがなかったということです。


    また中曽根氏は、経済政策においても、アメリカの貿易赤字解消のためプラザ合意による円高ドル安政策を採り、これが結果的に日本をバブル経済に突入させたため、批判の声も少なくありません。にも関わらず、今回アベノミクスについての評価を云々し「当然、消費税10%への改正を含め、税の直間比率見直しの作業も出てこよう」などとわけ知り顔で書いています。

    「教育改革について」「孫子の世代のために」などという見出しでは、例によって「グローバル化」をキーワードにして美辞麗句を並べていますが、何も心に響きません。

    九十七歳になり「年齢の重なりとともに心が濾過されるようで」いらっしゃるそうです。もしもこの期に及んで日本人になり若い世代になり、どうしても言葉を残したいのであれば、何よりも日航機事件の真実を告白して、霊魂を浄化してから、いえこの世での償いを果たしてから、旅立たれることをお勧めしたいと感じました。



    [ 2015年08月08日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)

    真夏の怪談 日航ジャンボ機事件


    「日本政府が犯した国家的犯罪の中でも群を抜いて悪質なもの」とされるこの事件を、何としてでも一刻も早く葬り去りたいと願う人間がこの国に今なお存命中なのでしょう。けれども30年目という節目を迎えた今年、マスコミは知らぬふりをするわけにもいかないようです。

    NHKが昨夜、下記のタイトルで、放送しました。都合により後半しか見ていませんが、内実の伴わない言葉の空しさを痛感させられる番組でした。国民を愚弄しているとしか思えませんでした。出演されたご遺族の方々や生存者の方々には申し訳ないのですが、こんなカモフラージュには、参加されない方がよかったのではないかとさえ思えました。



    日航ジャンボ機事故  空白の16時間
    ~"墜落の夜"30年目の真実~


    【語り】広瀬修子

    http://www.nhk.or.jp/special/detail/2015/0801/index.html


    犠牲者520人、生存者4人。単独の航空機事故としては史上最悪となった日航ジャンボ機の墜落事故から8月で30年。事故原因が様々な角度から検証されてきた中で、ほとんど顧みられてこなかったのが群馬県御巣鷹山の墜落現場を発見するまで関係機関の動きである。

    墜落から生存者確認までに要した時間は、国内の事故としては異例の長さとも言える「16時間」。さらに救えた命は本当になかったのか。各機関の内部資料や当事者たちの初めての証言から、様々な事実が浮かびあがってきた。

    番組では、これまで明らかにされてこなかった事実の発掘を通して、巨大事故が日本社会に今なお突きつけているものを凝視していく。




    この事件には、多くの方々が主体的に関わり、精力的な取材をされ、詳しい記事を書いておられますが、先述のNHKの番組では、ネット上で取り上げられている真実に迫った情報を、完全に無視していました。

    同番組をご覧になった方の記事を、一つご紹介します。この方も、今回のみならずこれまでに何度か真相の探究をされ、かなり詳しい記事を書いていらっしゃいます。



    NHKスペシャル 日航ジャンボ機事故 空白の16時間

    http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/50e4a8eaea106a17089178b79f34dad0

    2015年08月02日


    もしも最悪のシナリオである、当時の総理大臣の指揮による自衛隊を使っての事件隠滅作戦であったと考えたとき、
    安倍晋三内閣が2014年に閣議決定した武力の行使の「新三要件」に照らすならば、

    「我が国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされた場合に、
    我が国の存立を全うするためには、
    必要最小限度の実力行使にとどまる」

    として、数百人の民間人が国家の犠牲にされることもありうるのかもしれません。

    これを、世にも恐ろしい仮定として、謎の周辺をなぞり続けるだけでよいものでしょうか。核心に迫ることができ、その責任を追及することができるのは、当事者が存命中・・・というタイムリミットがあるのです。

    この事件に関しては、8月12日(水)午後7時から、BSーTBSで特集番組が放送される予定です。松原耕二、出水麻衣の両氏が、「遺族にとっての悲しい出来事で終わらせてはならない、真相を解明し、報道し続けなければならない」と宣伝をされていましたが、中曽根元総理(97歳)の生出演を期待したいところです。





    [ 2015年08月02日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)
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