熟女の繰言

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    ●アメリカ追従日本の、ベトナム戦争への加担●


    【BS1スペシャル「私は何を運んだのか~元LST乗組員が見つめるベトナム戦争~」】
    BS1今夜10時から、放送されました。ご覧になったでしょうか?まさに今、日本国民必見のドキュメンタリーだと思いました。

    本日の「そこまで言って委員会」で鴻池祥肇(こうのいけよしただ)氏が、今回の安保法制について、「備えあれば憂い無し」と言われた言葉が、いかにも杓子定規な空しいものに感じられる内容だったように思います。

    終結40年を迎えるベトナム戦争ですが、この戦争に多数の日本人船員が軍事物資の運搬役としてかかわっていた、というのです。米軍戦車揚陸艦(LST)の乗組員たちです。その一人が長年を経て再びベトナムを訪問し、ベトコンの指導者に会ったり、枯れ葉剤等による障害を背負う子どもたちの施設で歓迎を受けて何を感じ、考えたかをドキュメンタリーにしたものです。



    ベトナム戦争(第二次インドシナ戦争)は1960年12月~1975年4月に行われました。第二次世界大戦が日本において1941年12月~1945年8月(9月)であったことと比較すれば、この戦争が如何に長期間にわたるものであったかが、よくわかります。

    ベトナム社会主義共和国では、この戦争を、米国戦争、対米抗戦、対米救国戦争などと呼んでいます。アメリカが、1964年にトンキン湾事件を捏造して、直接介入したことは有名ですね。

    そして、韓国、オーストラリア、タイ、フィリピン、ニュージーランド等がアメリカに追従して参戦しています。中でも群を抜くのが韓国で、総じて32万5千920人が参戦したようです。

    では、日本はどのような形で、この戦争に参戦していたのでしょうか?(表面上は「参戦した」とは言いませんが、実質的には、紛れもなく加担していたのです。)

    下記はウィキペディア「ベトナム戦争」からの引用です。



    《日本への影響》

    ベトナム戦争は当時高度成長期にあった日本にも大きな影響を与えた。

    ベトナム戦争の期間中、7年6か月間に亘って日本の総理大臣を務めた佐藤栄作(1964年秋~1972年春)は、日米安保条約の下、開戦当時はアメリカ軍の統治下にあった沖縄や横須賀、横田などの軍事基地の提供や、補給基地としてアメリカ政府を一貫して支え続け、1970年には安保条約を自動延長させた。 (後略)



    もしも日本が基地提供をしていなければ、あれほどまで長期にわたる泥沼の地獄にはならなかったことでしょう。あの戦争でアメリカが行ったことは、戦争犯罪の中でも最も極悪非道な、「非人道的」などという甘っちょろい言葉では済ませることのできないものです。

    このことは、『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』の映像をご覧になった方には、よくお分かりいただけると思います。最終的には、「ともかく何であれ動いているものがいれば撃って撃って撃ちまくれ!」という戦い方をしたようですね。

    原爆と同様に、攻撃対象が、未来にわたってどのような悲惨な苦痛を強いられるかを全く想定しないで、破壊と殺戮を徹底的に行ったのです。北爆で使用した爆弾は255万トンでした。因みに太平洋戦争で日本が受けた爆弾の量は13万トンだそうです。


    冒頭でご紹介したドキュメンタリーで、LST(戦車揚陸艦)には、1400人が日本政府が募集に関与して乗り込み、犠牲者(戦死者)も出たと言っていました。私が聞いたところでは死者は多数ではないように受け取りましたが(すみません、番組の前半は見ることができなかったのです)、下記URLの番組の案内では「命を落とした人も少なくない」と書いてあります。

    いずれにせよ、「戦後70年、自衛隊員に戦闘行為での犠牲者を一人も出していない」というようなことがよく言われますが、今後はこういうもの言いを慎むべきだと思いました。

    「何を運んでるのかは、当時はあまり意識しなかった」ーーーLSTの船員だった五味実さんの言葉です。ベトナム戦争がどのようなものなのか、ベトコンとは何なのかといったことにも、あまり認識がなかったようです。

    この度訪問した場面で、様々な障害を持ち、見るからに大変な状況の施設の子どもたちが、五味さんを歌と踊りで歓迎している様子を写しながら、五味さんの「大人として、土下座して謝りたい気持ちになった」という後日の感想が語られました。


    国会でもLSTの船員が日本人であることの問題が取り上げられたのですが、「彼らは個人的に雇用されているだけであり、日本政府としては関知しない」との立場を崩さなかったようです。しかしながら、アメリカからのLST船員増員の要請に応えて各地で募集を掛けていたのが実情だったのです。

    「LST乗組員問題は、法律を超えて既成事実が先行してしまった典型的な例だ」という説明もされました。「違憲」という声を無視し、鼻であしらう安倍政権が、将来、こうしたやり口をとらない保証はありません。

    国会での審議を待たず、また国民の理解や共感を平気で置き去りにして、米議会でこの夏の法案成立を予め宣伝するような首相です。今後米国の要請を断固断ったり、他の同盟国が我がちに参加する戦闘から引き下がったままでいるわけがないように感じずにはいられません。

    参議院選まで、日本国民は我が国の防衛のあり方について、さらに関心を深め、議論を重ねていかねばなりません。

     

    NHKドキュメンタリー - BS1スペシャル「私は何を運んだのか~元LST乗組員が見つめるベトナム戦争~」
    ベトナム戦争では米軍戦車・弾薬の輸送に日本人も携わった。元乗組員のベトナムへの旅

    http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2779231/index.html



    ベトナム戦争の原因と結末

    http://www12.plala.or.jp/rekisi/betonamusennsou.html




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    [ 2015年10月12日 ] カテゴリ:政治外交 | TB(0) | CM(-)
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